じじぃの「南極氷床・氷の底が融けている?南極の氷に何が」

南極最大のボストーク氷床湖

vol.20 氷河 未知の生命が眠る奇跡の循環系

●氷河の底に眠る生命
地球上最大の氷床下湖は、ロシアのボストーク基地の下部にあるボストーク湖だ。
サイズは琵琶湖の20倍以上。分厚い氷床に封鎖されて以来、1500万年以上地上と隔絶されてきた湖である。
http://www.waterworks.jp/vol20/page3.html

『南極の氷に何が起きているか 気候変動と氷床の科学』

杉山慎/著 中公新書 2021年発行

はじめに より

少しぐらい温暖化が進んだところで、極寒の南極にある氷床が急激に融け始めることなどありえない――。ちょっと前まで、多くの研究者がそう信じていた。むしろ、温暖化で雪がたくさん降るようになって南極の氷が増える、そんな話を耳にした方もいるだろう。
現に、2001年に出版された国連の気候変動に関する政府間パネルIPCC)の第3次評価報告書では、今後の気温上昇にともなって降雪量が増え、氷が増加して海水準の上昇を抑える可能性が記されている。しかし、それから20年後、2021年に公開されたIPCC第6次評価報告書では、南極で失われる氷が主要因となって、21世紀末までに海水準が2メートル近く上昇する可能性も否定できない、という予測に改められた。
これまでの研究が何か間違っていたのだろうか? そうではない。21世紀に入ってから南極を観測する技術が飛躍的に向上して、それまでわからないことが多かった氷床の研究に大きな進歩をもたらしたのである。実際この分野では、10年前の教科書は古くてとても使えない。
最大の異変は、氷と海の境界で起きている。海によって融かされる氷の量が増加し、海へと切り離される氷山の量が増えた結果、南極の氷が急速に減少していることが明らかになった。

第1章 「地球最大の氷」の実像――南極氷床の基礎知識 より

南極氷床

地球最大の氷のかたまり

氷河を研究する私たちにとって、南極氷床は特別な存在である。なぜかといえば圧倒的に大きいからだ。面積は1400万平方キロメートル、日本国土の37倍にあたり、北海道の札幌と沖縄の那覇を結んだ距離を半径として、ぐるっと円を描くとほぼ同じ面積になる。
2番目に大きな氷河であるグリーンランド氷床と較べても、南極氷床は8倍以上の面積がありダントツに大きい。世界の大陸と比較すれば、南米大陸よりやや小さい(0.78倍)ものの、オーストラリア大陸よりも大きい(1.8倍)。南極大陸の98パーセントが氷床に覆われているので、「氷の大陸」という表現がぴったりだ。
南極氷床が大きいのは、その面積ばかりではない。氷の厚さは平均1940メートル。概ね2キロメートルの厚さで、北海道の大雪山系、東京都最高峰である奥秩父雲取山、といった山々の高さと同じくらいである。日本の40倍近い面積を覆う、山脈のように分厚い氷が想像できるだろうか。
北極海の海氷も南極氷床と同じくらいの面積に広がるが、その厚さは氷床とは大きく異なる。海氷の厚さはせいぜい数メートルで、10メートルを超えることはほとんどない。したがって、海氷の体積は氷床と比較して桁違いに小さい。
第4章で詳述する海水準への影響を考えるときに重要となるのが「体積」、すなわち氷の量である。南極氷床の体積は約2700万立方キロメートル。一辺が300キロメートル(おおよそ東京ー仙台間に相当)のサイコロに相当するが、その大きさを思い浮かべることすら容易でない。東京ドームは小さすぎて比較の役に立たず、強いていえば琵琶湖の貯水量で100万杯分、または日本海が堪える海水で20杯分である。
南極氷床の体積は、地球に存在する氷河全体の約9割(89.5パーセント)に相当する。残りのほとんどはグリーンランド氷床が占めており(9.9パーセント)、その他の氷河は、全て足しても1パーセントに満たない。
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ともあれ、氷の量を数字で比較すると、ふたつの氷床、特に南極氷床が抱える圧倒的な氷の量が理解できよう。その変動がもたらす影響の大きさも、容易に想像できるだろう。

氷はどのように南極を覆っているのか

氷の底が融けている?

大陸基盤と氷の境、つまり氷床の底面はどんな環境だろうか。
底面で氷が融けていれば、氷が滑りやすくなる流動が大きくなる。極寒の地である南極で、「氷が融けていれば」と言われても腑に落ちないかもしれない。氷床の底は大陸に凍りついていると想像するだろう。
事実、氷床の表面近くの氷の温度はその場の平均気温と等しくなるため、ほとんどの地域でマイナスの値となる。しかしながら、厳しく冷え込む氷床表面に対して、その底面は大陸基盤からの地熱で温められている。そのため深くなればなるほど氷は温かくなり、氷床の底面では融けてしまっている場所もある。実はそのような地域は内陸に大きく広がっていて、氷床全体の半分くらいの面積を占めると推定されている。
底面が融けている場所では、氷と基盤のあいだに融け水が溜まって湖がつくられることもある。そのような「氷底湖」は南極各地に分布しており、これまでに約400個もの湖が確認されている。
最も大きいのが「ボストーク氷底湖」で、ロシアが氷コアを掘削する基地の真下にある。厚さ3600メートルの氷の下に広がる湖は、長さ約250キロメートル、最大水深900メートルに達する。氷底湖は外界から長く隔絶されており、光も空気も行き届かない冷たい世界である。地球上を見渡してもそんな場所は他にはなく、特殊な極限環境として注目を集めている。
氷底湖は水路でつながっており、湖から湖へと水が移動することも確認されている。また、湖の他にも無数の水路や水脈が存在し、その一部は海へ流出していると考えられている。このような氷床底面における融け水の動きは、氷床流動への影響、水や物質の貯蔵や移動に果たす役割の他、未知の生態系が存在する可能性も指摘されるなど、最新かつ重要な研究課題となっている。