じじぃの「科学・地球_286_mRNAワクチンの衝撃・第3相試験」

ファイザー オミクロン対応ワクチン治験開始

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=ZxEeamCWDbk

治験って何?

治験について

メディカルボランティアセンター
●薬の研究開発に大きな役割を果すのがボランティアの治験参加者たちの存在です。
本当に効果があるのかを確かめたり、薬の安全性を調べるために、研究機関では非臨床試験と呼ばれる動物実験など繰り返します。これには3年から5年程度掛かります。
動物を用いた非臨床試験で安全性が確かめられたものが、実際の人間を使った臨床試験に移ることができます。これを一般に治験と呼びます。
治験、はフェーズ1(第1相)からフェーズ3(第3相)の3段階に分けて実施されます。
http://uy0705.sakura.ne.jp/incrom/clinical.html

『mRNAワクチンの衝撃』

ジョー・ミラー、エズレム・テュレジ、ウール・シャヒン/著、石井健、柴田さとみ、山田文、山田美明/訳 早川書房 2021年発行

第8章 自分たちで より

ビオンテックの多くのスタッフは、強力な免疫反応を引き起こすワクチンが見つかると、もはやマラソンのラスト1キロメートルに入ったような気分になった。確かに。まだ世界規模の治験を実施しなければならないうえ、供給契約を結んだり、物流に関する大問題に対処したりしなければならない。だが、プロジェクト・ライトスピードにとって重要な最初の段階、つまり純粋に科学的な段階は、ほぼ終わったも同然だった。きわめて困難な状況のなか、数ヵ月の苦労の末に20種に及ぶワクチン候補を開発し、それらを相互に競い合わせた結果、そのなかの少なくとも1つ(受容体結合ドメインをコードするmodRNA)が、その能力を華々しく発揮し、ターゲットをとらえたのだ。それが、現実世界で新型コロナウイルスに感染した患者の発症を防ぐことになるのかどうかはわからないが、それは神にしかわからないことだった。
だがアンドレス・クーンにとっては、もっとも大変な仕事はこれからだった。ビオンテックの操業以来、常にウールやエズレムのそばにいた数少ない同社の中核スタッフの1人にして、製造について社内随一の経験と知識を誇る銀髪の生化学者である(終身制の大学教授の過酷さに耐えきれなくなって同社に入社したのだという)。クーンは2020年の2月初め以来、イーダー=オーバーシュタインやマインツにある同社のmRNA製造施設で、新型コロナワクチン候補の製造を監督してきた。その配下にある製造チームはこれまで、研究室での実験や動物試験に辛うじて足りるだけのワクチン材料や、ドイツでの第1相試験に必要な数百回の分のワクチンを提供してきた。だがいまや、世界中の何万もの被験者を対象にした大規模な試験が目前に迫っていた。ウルリヒ・ブラシュケ率いるビオンテックの技術開発専門チームが、mRNA製造技術についてファイザーに教育を施していたが、ファイザーアメリカやベルギーにある自社工場でワクチンを製造できるようになるまでに、まだ数ヵ月はかかる。したがって、近いうちに行なわれる医療史上最大規模の治験に、安全で安定したワクチンを供給する役目は、どうしてもアンドレアスや部下が担うことになる。
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ビオンテック並みのバイオテクノロジー企業はたいてい、自社製造能力を持っていない。実際、ウールとエズレムが最初に立ち上げた企業ガニメドも、モノクローナル抗体の製造を外部の業者に委託していた。その際に、こうした外部企業との連携が大変なことはわかっていたが、ビオンテックを設立した際にも、2人は何となく、金銭的余裕のない新興企業はmRNA医薬を製造するのを支援してくれそうな受託業者を探すことにして、その仕事をアンドレアスに任せてしまった。だがアンドレアスが、あるアメリカの小企業との連携を視野に、いわゆる「実現可能性調査」を実施してみると、その企業はおろか、世界中のどの受託業者も、mNRA医薬の製造などしたことがないことがわかり、そのときふと、このテクノロジーをほかの企業に教えるのは、苦労の割には得られるものが少ないのではないかと気づいた。それに、工程をスムーズに進めるためには、受託業者にあまりに多くのノウハウを提供しなければならず、その一部が競合他社の手に渡ってしまうおそれもある。そこでビオンテックは、ドイツの同じmRNA開発会社キュアバックの例にならい、社内で試験的なワクチンや薬剤を製造する手段を探すことにした。2008年後半には、アンドレアスが学園都ハイデルベルクに出向き、「製造管理および品質管理に関する基準(GMP)」の速修講座を受講した。これは、承認済みの医薬品の製造において一貫した品質を確保するための、世界的に認められた基準である。同時期にはモデルナも、アメリカのマサチューセッツ州で自社工場の建設に着手していた。生まれたばかりのmRNA産業は、製造の専門知識を蓄積しつつあった。
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新型コロナウイルスが世界中に急速に拡散していくなか、ビオンテックとファイザーは、第3相試験を4万3000人規模にまで拡大した。史上最大規模の治験である。10月を目前にしたいま、両社は決定的瞬間に近づきつつあった。

ランダム化臨床試験はだいたいどれも同じように、実にシンプルな構成になっている。被験者は、プラセボ(偽薬)か試験対象の薬剤かを投与される。だが、被験者も、試験にかかわるほかの人々も、誰がどちらを投与されたのかを知らない。特定の被験者に割り当てられた薬びんのバーコードは、機密が確保されたデータベース上だけにあり、それには、外部の統計業者や専門家委員会しかアクセスできない。こうした「二重盲検法」を採用しているため、試験の主催者(主体)は黙って待つほかない。
主催者が何を待つかは、当該規制当局との間でなされた決定内容による、ビオンテックとファイザーの場合、FDAは、新型コロナワクチンの緊急承認を検討する際の条件を明確にしていた。重症化や死亡の予防に50パーセントを超える効果があることが、その条件である。そして、その条件を満たしているかどうかを判断するためには、ワクチンかプラセボの投与を2回受けた被験者の少なくとも164人が、新型コロナウイルスに感染することが必要だと考えていた。外部の専門家委員会が、感染した被験者のなかに、ワクチンの投与を2回受けた人が何人いるか、何の意味もない生理食塩水を投与された人が何人いるかを調べ、その両者の人数を比較して、ワクチンにどれだけの効果があったのかを算定するのである。
ビオンテックとファイザーFDAは、感染者が32人、62人、92人、120人確認された段階で、中間解析を行なうことに同意していた。そのどの段階でも、有望な結果が出れば、専門家委員会は「任務完了」を世界に公表できる。また同社は、残りの感染事例の結果が出るのを待つことなく、ワクチンの承認を申請するプロセスを始められる。
アルバート・ブーラが、10月末までに発表できる「可能性が高い」と繰り返し述べていたのは、この中間解析の最初の段階(32人)の結果のことだった。この規模の試験では、こうした期日が多少変更になることはよくあるが(ブラジルや南アフリカでの感染事例が確認され、ファイザーに伝えられるのがいつになるのか、などの要素によって変わる)、それでも10月末までには結果が出るだろう、というわけだ。そのためいまではトランプが、テレビのインタビューや選挙演説などで、この期日を絶えず口にしていた。9月29日にオハイオ州クリーブランドで開催された初めてのテレビ討論会でも、ジョー・バイデンと混沌とした議論を繰り広げるなかで、ワクチンは「あと数週間でできる」と述べている。