じじぃの「科学・地球_283_mRNAワクチンの衝撃・試験」

RNA Vaccines (mRNA Vaccine) - Basis of Pfizer and Moderna COVID-19 vaccines, Animation

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=oMXGGmBfkf8

新型コロナウイルス ワクチンの仕組み

新型コロナウイルス ワクチンの仕組み

2021年9月21日 神奈川県ホームページ
ファイザー社・モデルナ社
新型コロナウイルスのスパイクタンパク質の設計図となるmRNA(メッセンジャーRNA)を脂質の膜に包んだワクチンです。
このワクチンを接種し、mRNAが人の細胞内に取り込まれると、細胞内でスパイクタンパク質が作られ、その後、免疫の仕組みが働き、ウイルスを攻撃する抗体を作るよう促します。
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/ga4/covid19/about/vaccination.html

『mRNAワクチンの衝撃』

ジョー・ミラー、エズレム・テュレジ、ウール・シャヒン/著、石井健、柴田さとみ、山田文、山田美明/訳 早川書房 2021年発行

第5章 試験 より

COVID-19は感染症だが、2020年1月の時点では、ビオンテックはまだおもにがんを扱う企業だった。人類最大の強敵を打ち負かしたいという共通の望みをきっかけに結びついたウールとエズレムは、ウイルスに関心がなかったわけではない。腫瘍を攻撃目標として開発してきた自分たちのさまざまな技術は、ワクチンを改良してほかの病気を治療するのに使えるとずっとわかっていたのである。2人が最初につくった企業、ガニメドのビジネスモデルには、新しい病原体の遺伝子配列をすぐに突き止めてそれに対する抗体を開発する。ウールが発明した技術も含まれていた。「当時すでに、エピデミックとパンデミックは私たちの重要な関心事だったのです」とエズレムは言う。
この発明は投資家の商業的関心に合うようなかたちで医療に応用されていなかったので、ガニメドはもっぱらがんに集中することにした。のちにビオンテックでウールとエズレムに余裕ができたとき、2人はこのイノベーション感染症のワクチンに応用するアイデアを再検討した。免疫学の観点からすると、そうした製品はがん治療薬よりも開発が容易である。しかし感染症ワクチンの市場は少数の保守的な大企業に支配されていて、それらの企業は2人の新技術に懐疑的だった。独自での展開も選択肢にはならなかった。そうしたワクチンを開発するには、がん治療よりもはるかに大規模な第3相試験が求められ、何万人もの被験者と世界規模の流通・商業化ネットワークが求められる。巨額の投資をして何千人もの従業員を雇わなければならないが、ビオンテックはマインツの大学発の小さなスピンオフにすぎない。
ウールとエズレムは長期的な目標に集中することにした。
    ・
のちにパンデミックのさなかに、無症状での新型コロナウイルス感染症の蔓延を調べるために、また回復した患者の抗体の有無を確かめるために広く使われるものと同じように、ELISA(イライザ、酵素結合免疫吸着測定法)も比較的シンプルな試験である。しかし、単にウイルスに結合した抗体と、脅威を中和して健康な細胞に入るのを防ぐかたちで結合している抗体とを見分けることはできない。抗体が効果を発揮しているかを調べるために、アンネッテのチームはウイルス中和試験(VNT)として知られる「絶対的基準」となる実験を開発する必要があった。
ビオンテックには、中和抗体を見分ける技術面での力はあった。インフルエンザワクチンについてファイザーと協力したとき、その初期段階でこうした試験を行っていたからだ。チームはウイルスを培養し、中和作用をもつ可能性のある抗体を含んだ血清とともにそれを健康な細胞に加える。そして5日後にその細胞が死んでいるか、つまり感染が防がれたか否かを確かめるのだ。インフルエンザの取り扱いは簡単な規制の対象にしかならないので、これはすべてビオンテックの実験室で行うことができた。しかし、2020年2月末までに世界で3000人の命を奪っていた感染力の高い新型ウイルスの取り扱いについては、さらなる安全措置が規制当局によって求められていた。
    ・
一方、アレックスは偽ウイルスの試験に取り組んでいた。バス停でDNAテンプレートを受け取った5日後の3月10日には機能する試作品ができていたが、完璧からはほど遠かった。ワクチンに誘発された抗体がコロナウイルスを中和しているかを調べる手順は複雑である。新型コロナウイルスが肺細胞で結合するのと同じ受容体を持つ、アフリカミドルザルに由来する健康な細胞をマフィン型に似た小さなくぼみ(96穴プレート)に入れる。それとは別に、試作RNA(中和抗体を誘導すると期待されるもの)を接種されたマウスの血液を、コロナウイルスのスパイクタンパク質と蛍光グリーン色に光る酵素を持つVSV偽ウイルスと混ぜる。1時間ほど経つと、この2つが結合する。偽ウイルスが細胞に感染していたら、つまりビオンテックのワクチンによる抗体が感染を食い止めるのに失敗していたら、感染した細胞は特別な顕微鏡で見たときに緑色に光る。マウスの血液中の抗体がコロナウイルスのスパイクタンパク質を武装解除するのに成功していたら、偽ウイルスはサルの細胞にはまったく、あるいはほんのわずかしか感染していない。その場合、緑の光は見られない。
しかし抗体がない状態で感染する細胞数は、プレートのくぼみに入っている全細胞のうちほんのわずかにすぎない。4万分の500だ。顕微鏡で見ても、感染した細胞が500個なのか50個なのかを見分けるのは、つまりワクチンがどれだけ効力を発揮したのかを知るのはほぼ不可能である。その後の数週間、アレックスと唯一の同僚であるビアンカ・ゼンガーは、手もとにある機械の助けを借りてその作業に取り組もうとした。しかしフローサイトメトリー(細胞を1列に流した状態で分析する方法)の装置はあまりにも動作が遅く、データのノイズも多すぎる。マイクロプレートリーダー(多数のくぼみがついたプレートに入ったサンプルを測定する装置)も同じく不正確だった。
こうした状況のさなかに、加わったばかりのファイザーのチームからアンネッテのもとにメールが届いた。
    ・
しかしアレックスの方法は実を結ぶ。3月27日、まさに望んでいた結果が出た。それをもたらしたのは、電子レンジくらいの大きさで高感度の蛍光検出器がついた細胞分析装置である。この装置は、わずか数分で96穴すべての蛍光グリーンの量を正確に示すことができる。ノートパソコンでこのデータをグラフにすると完璧なS字曲線が現れ、細長い線がSの字を描きながら上昇していた。8500キロメートル離れた場所で得体の知れない新病原体が拡散していることをウールが初めて新聞で読んでから2ヵ月で、mRNAワクチンが新型コロナウイルスの最も強力な武器を奪ったことが証明されたのである。

ビオンテックのワクチン候補によってできた抗体が、死に至ることもある感染を途中で食い止めたのだ。

この結果をメールで知らされたウールは、チームの成果にねぎらいの言葉をかけた。アレックスとビアンカはハイタッチで祝福し、すぐに仕事に戻った。