じじぃの「科学・地球_281_mRNAワクチンの衝撃・未知数」

クルーズ船で大規模検疫 横浜港、3千人超が対象か

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=R130wy7roG4

the laboratories of BioNTech

オミクロン特化のワクチン、臨床試験を開始 米ファイザーなど

2022年1月26日 朝日新聞デジタル
新型コロナウイルスのワクチンについて、米製薬大手ファイザーと独バイオ企業ビオンテックは25日、オミクロン株に特化した新たなワクチンの臨床試験を始めると発表した。
すでに開発したワクチンを3回接種することで、重症化を防ぐ高い効果があるというデータが出ているが、予防効果が時間とともに弱くなる場合に備えて開発を急ぐという。
ビオンテックのウール・シャヒン最高経営責任者(CEO)は「ウイルスへの警戒を怠らないように、高い予防効果を保つための新たな手段を突き止める必要がある。今回のように、変異株に特化したワクチンを試験したり、開発したりすることは不可欠だ」とする声明を出した。
https://www.asahi.com/articles/ASQ1T7XJ3Q1TUHBI033.html

『mRNAワクチンの衝撃』

ジョー・ミラー、エズレム・テュレジ、ウール・シャヒン/著、石井健、柴田さとみ、山田文、山田美明/訳 早川書房 2021年発行

第3章 未知数 より

マインツにあるビオンテックの特注建設の本社に戻るころには、ウールの思考は新型コロナワクチンの迅速な開発から、もっと家庭的な問題へとシフトしていた。一家は2週間後にスペインのカナリア諸島での休暇を予定していたのだ。それは夫妻が10代の娘に2019年にから約束していた旅行だった。当時、会社の上場に向けた準備のせいで、2人は家庭での時間をほとんど取れていなかった。そんな約束の旅行を、直前になって、しかもはるか遠くで流行っている病を理由に取りやめて、どんよりと暗い寒空のドイツに残るよう娘を説得するなど、ほぼ不可能に近いように思われた。
とはいえ、国を発つにはいろいろと複雑な問題があった。現場での作業が求められるスタッフのなかには、すでに休暇の予定を取りやめた人もいる。ビオンテックで最上位の科学者の一人であるゼバスティアン・クラオターはトライアスロンが趣味で、年に3、4回はレースに出ていたのだが、その彼もプロジェクト・ライトスピードの小チームを率いるため、次のレースへの出場を取りやめた。そしてウールは、そんな彼の貢献を先日のミーティングで称えているのだ。
しかしプロジェクトが軌道に乗りさえすれば、貴重な時間を少しばかり余暇にあてる余裕も出てくるはずだとウールは考えていた。
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1月のあの運命の土曜日、コロナウイルスに関する大量の研究論文に目を通していくなかで、ウールは戦慄(せんりつ)とともに学んでいた。過去のSARSウイルスの戦いでも似たような落とし穴があったのだ。2005年、カナダの研究者が、改変を施したポックスウイルスを用いてスパイクタンパク質を発現するワクチンを構築した。スパイクタンパク質とは、コロナウイルス特有の王冠のような見た目のもとになっている。例の突起部分のことだ。これが肺細胞の受容体に結合することで、感染が起こる。研究者らは構築すたワクチンをフェレットに投与してテストした。その結果、このワクチンには予防効果がないばかりか、接種後にウイルスに感染した動物たちが対象群よりも重症化することが判明したのだ。同様の現象(「重度の急性肺障害」)は、香港の研究者らによるアカゲザルを対象とした実験でも確認されている。SARSウイルスに続いて現れたMERSウイルスでも、マウスやウサギによる実験で同じく深刻な結果が報告されていた。
いったい何が原因なのか。絶対の確証こそないものの、科学者たちの間ではある有力な仮説があった。ウールの脳内で、それは大きなネオンの警告サインのように点灯していた。抗体はうまく機能すれば、ワクチンが免疫系の活動を促すうえで最強の武器となる。極小のY字型をしたこの物質は、侵入者(コロナウイルスの場合は、スパイクタンパク質)と結合することで、その最も重要な機能を阻害する。その機能とは、健康な細胞の受容体に結合し、まるで鍵穴に差し込まれた鍵のように働くことで細胞に侵入し、感染させることだ。たたし、専門化された攻撃部隊である抗体がターゲットに正しく結合できないと、Y字のとがった軸の部分は逆にウイルスを手助けしてしまうことになる。細胞膜を突破するまったく新しいメカニズムを侵入者に提供してしまうからだ。こうなると、ウイルスはもはや特定の受容体に結びつく必要もなく、抗体の突起部分を新たな侵入ルートとして好き勝手に細胞を攻撃できる。別の言い方をすれば、こういうことだ。侵入者に向かって投げつけた槍がほんの少しでも的をそれたら、その槍は敵に拾われ、逆に体自身に突き立てられてしまう。

抗体依存性感染増強(ADE)と呼ばれるこの現象は、決して新しい発見ではない。1960年代に初めて報告されており、以来、規制当局が新しいワクチンを評価するうえで最も気にする要素の1つとなっている。ほんのわずかでも設計を誤れば、新たな予防ワクチンが死者を出す事態となりかねないのだ。

研究者らはこの障害を乗り越えようと、長い年月をかけて挑戦と失敗を繰り返してきた。だが、ビオンテックにはそのような時間はない。ウイルスがもはや食い止められないほど拡散してしまう前に、緊急ワクチンをつくり上げるためのチャンスは、たった一度きりだ。
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これらの指示(4月には治験を開始する)をあとに残して、ウールとエズレムと10代の娘は、カナリア諸島のランサローチ島へと旅立った。パソコン用の巨大モニターとコーヒーマシンの入ったスーツケースを引きずって、慎重に人混みをさけながら、そして太陽がさんさんと降り注ぐ目的地に到着したところで、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」で初の死者が出たというニュースが漏れ聞こえてきたのだ。彼らの不安はしだいに増していった。
予想どおり、休暇中も2人の日々の時間はもっぱらプロジェクト・ライトスピードに費やされていた。スケジュールに従って、ときおり少しだけランニングや水泳、ジムでの運動、高負荷トレーニングなどをこなす。マインツでワクチン設計を進めているチームへの指示に加えて、中国の製薬大手である復星(フォースン)医薬との提携プランがにわかに加速しはじめたことで、夫妻は手いっぱいになっていた。
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下はビーチ用の短パン、上はビジネス用のワイシャツという装いで、ウールはビオンテックの擁するRNA技術の数々を紹介した。数分ごとに言葉を止めて、通訳が同じ内容を中国語で繰り返すのを待つ。続いて、ドイツから参加しているアンドレアス・クーンが製造工程について詳しく説明した。やがて、エズレムが会社の治験戦略について紹介する番がやってくる。彼女は緊張していた。「自分のスライドに目をやっても、全部中国語になっていて読めないんです」とエズレムは振り返る。「合間にときどき混じっている『BioNTech(ビオンテック)』という文字以外はね」。しかし、続いて(英語通訳を介して)立て続けに浴びせされた質問からは、先方がエズレムや他の発表者たちの話を確かに理解していることが伝わってきた。ミーティングは2時間の予定だったが、「結局、4時間続きました」と回愛氏は言う。ライトスピード・チーム側が追って詳細をリスト化して送付することを約束して、会議は終了した。
そのまさに翌日。中国で起こっている終末的な光景がじきにヨーロッパでも見慣れた光景になることが、さらに確実に思われる事態が起きた。3人目の死者が確認されたイタリアで、当局が厳格な措置に踏み切ったのだ。イタリア北部の感染拡大を抑えるための措置である。学校は休校になり、スーパーマーケットが閉まり、サッカーの試合は中止になった。さらに、長期滞在先のホテルにいた一家のもとに、すぐ近くのテネリフエ島から不穏な知らせが届く。この島のホテルに滞在していたイタリア人の医師とその妻が新型コロナウイルスの検査で陽性と診断され、1000人近い宿泊客と従業員が隔離されているというのだ。医療システムが崩壊し、感染者が自宅待機を余儀なくされ、家族にも感染が及ぶような事態になることを懸念して、ウールは非常用の買い集めはじめた。「パパは大量のものをアマゾンで衝動買いしてました」と彼らの10代の娘は振り返る。ウールは手袋と全身防護服の大人用と子ども用サイズを注文し、マインツの自宅に届くよう手配した。