じじぃの「科学・地球_285_mRNAワクチンの衝撃・初めての臨床試験」

Vaccine Updates - Pfizer-BioNTech (Properties, Efficacy, Side-Effects) 9/29/2021

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=p6_zzEQ3LKg

ファイザー製とモデルナ製ワクチン

ファイザーやモデルナ製ワクチン、数年単位で効果持続か

2021年6月30日 日本経済新聞
米大などのチームが進めた研究で、遺伝情報物質「メッセンジャーRNA(mRNA)」技術を使った新型コロナウイルスのワクチンが引き起こす体内の免疫反応が、従来型のワクチンより長期間活発に続くことが分かった。
実際にどのくらいの期間、コロナワクチンの予防効果が持続するかは現時点で不明だが、数年から生涯にわたる可能性も指摘されている
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN29EBB0Z20C21A6000000/

『mRNAワクチンの衝撃』

ジョー・ミラー、エズレム・テュレジ、ウール・シャヒン/著、石井健、柴田さとみ、山田文、山田美明/訳 早川書房 2021年発行

第7章 初めての臨床試験 より

クラウディア・リンデマンはある映画を観るまで、公衆衛生の危機のことなど考えたこともなかった。ドイツのミュンスターで薬学の修士課程を勉強していた2011年のある晩、ケイト・ウィンスレットマット・デイモンジュード・ロウという豪華俳優の競演に惹かれ、『コンテイジョン』という映画を観た。最初のSARSの流行にヒントを得て製作されたこの映画は、未知の病原体により世界が麻痺状態に陥る様子を描いており、不気味なほど予言的だった。アマチュアながら演劇活動をしていたクラウディアは、研究室のシーンが「非現実的」だとは思ったものの、「パンデミックのなかでワクチンを開発するにはどうすればいいのだろう」と思わずにはいられなかったという。9年後にまさか自分が、現実にその中心的役割を演じることになるとは知るよしもなかった。
ファイザーと復星(フォースン)医薬が「光速(ライトスピード)」列車に同乗する数週間前、2月6日の会議で、ドイツのパウル・エールリヒ研究所(PEI)は、いわゆる毒性試験を治験と並行して実施するか、それを完全に省略することを求めるビオンテック社側からの要請を拒否していた。つまり、「人体による初めての」試験、すなわち第1相試験を始める前に、mRNA製剤を投与されたラットに数週間にわたり重大な副作用がないかを確認する必要がある、ということだ。そのためには、ラットの各臓器組織に異変の徴候がないかどうかを顕微鏡で検査し、そのデータを正式な検証報告書にまとめなければならず、かなりの時間がかかる。だがありがたいことに、クラウディアがそれまで取り組んでいたのは、まさにこの仕事だった。
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クラウディアとヤンが「光速(ライトスピード)」で毒性試験に取り組んでいたころ、ビオンテックのほかのスタッフは、「人体による初めての」試験を史上最速で終わらせる準備を進めていた。
ビオンテックには、mRNA医薬をがん患者に投与した経験が豊富にあり、ここ数年の間にさまざまな国で、いくつもの臨床試験を通じて400人以上に投与してきた。とはいえ、こうした試験には時間がかかる。同社は、進行性疾患の特定の段階にあって試験中の薬剤を試してみてもいいという患者を見つけるために、世界中の病院と契約を交わしていた。必要数の患者を集めるには、数年単位の時間が必要になる。
だが対照的に、新型コロナワクチンの第1相試験では、対して』手間はかからないはずだった。ビオンテックは、社会全体から健全なボランティアを利用でき、副反応を監視さえすればいい。被験者に毎日記録をつけさせ、担当医師が電話で尋ねたときにそれを教えてもらうだけだ。実際、ワクチン候補の試験を実施するドイツの受託業者が、フェイスブック上でボランティアを募集すると、たった1日で1000人以上が名乗りをあげた。ボランティアに加えてもらおうと、ビオンテック本社の受付に電話をかけてくる人もいた。協力的な被験者を見つけるのは難しくなさそうだった。
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第1相試験の最初の被験者への投与が無事に終わると、ワクチンが人体に作用している兆候が出るのをひたすら待つ、苦痛に満ちた自がんが始まった。この待機期間は、エズレムや臨床チームの判断により、5週間に短縮されていた。2回目の投与が終わるまでに3週間、免疫防御システムが作動するのに1週間、血液サンプルの処理に1週間である。だが、この最後ごの処理段階が1週間ですむと考えたのは、あまりに楽観的すぎたようだ。
当時ビオンテックは、試験で得たサンプルの分析を、イタリア北部の診断会社に委託していた。トスカーナ州にあるこの会社は、マンハイムやベルリンの試験会場から直接送られてきたサンプルを、いままさにフル稼働で解析しているところだった。ウールの強い要望もあり、ビオンテックはこの会社に、未加工でもいいので初期臨床結果をなるべく早く提示するよう要請していた。それがわかれば、世界規模の最終試験に使うワクチン候補を1つに絞れるかもしれない。
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「何度もアレックスに電話したよ。するとアレックスが言うんだ。『ウール、あと3時間待ってくれ』とか、『ウール、まだ30分はかかる』とかね」。そして5月29日の午後1時過ぎ、ようやく待望のメールが届いた。
そのメールには、ビオンテックの治験から得られた初めてのデータが添付されていた。アレックスはそれまでにmodRNAワクチン10マイクログラムを2回投与した被験者6人と、同ワクチン30マイクログラムを2回投与した被験者2人の血液を検査していた。ウールとエズレムが、効果を発揮するには莫大な量の投与が必要になるのではないかと心配していたプラットフォームである。そして、そこに含まれる中和抗体を、新型コロナウイルス感染症から回復した患者から採取した血清と比較してみると、その結果が、グラフの下のほうに集まって数十のドットで表示された。十分な知識のない人が見れば、それは何の変哲もないプロットグラフに見えたかもしれない。ところがそのグラフは、致死性のコロナウイルスを科学の力で封じ込める戦いにとてつもない前進があったことを示した。このワクチンは、低用量投与が終った7日後にはすでに、免疫部隊の狙撃兵たちを大勢送り出していた。しかも、新型コロナウイルスへの自然感染から回復した患者と比べても、はるかに反応がいい。
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さらに喜ばしいことに、ビオンテックのmodNRAワクチンは、血液サンプルを解析した8人の被験者全員で、同レベルの中和抗体の活性化に成功していた。これは、ワクチンに反応して体内に展開された免疫部隊が、すでに50万人近い命を奪ってきた病原体を抑え、それが肺の細胞にとりついて重病を引き起こすのを阻止してくれる可能性が高いということだ。ウールはほんの一瞬、エズレムと数十年にわたり磨きあげてきた科学の美に酔いしれた。のちに「最高の気分だった」と述べている。

7分後、ウールはアレックスのメールにこう返信した。「アレックス、およびチームのメンバーへ。すばらしい内容だ。とうとうワクチンを手に入れた!」