じじぃの「科学・地球_288_mRNAワクチンの衝撃・新たな状態・変異ウイルス」

How Moderna Makes and Delivers Personalized Cancer Vaccines

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=zM97kg7atWw

Will there be an mRNA vaccine for cancer?

Can mRNA vaccines be used in cancer care?

January 25, 2021 MD Anderson Cancer Center
The COVID-19 vaccines mark the first widespread use of mRNA technology. They work by using synthetic genetic code to instruct the patient’s cells to recognize the coronavirus and activate the immune system against the virus.
But researchers began exploring how to use mRNA vaccines as a new way to treat cancer long before this technology was used against the coronavirus.
“We've known about this technology for a long time, well before COVID-19,” says Van Morris, M.D. Here, he explains how mRNA vaccines work and how a team of MD Anderson colorectal cancer experts led by Scott Kopetz, M.D., Ph.D., are testing the technology in a Phase II clinical trial.
https://www.mdanderson.org/cancerwise/can-mrna-vaccines-like-those-used-for-covid-19-be-used-in-cancer-care.h00-159457689.html

『mRNAワクチンの衝撃』

ジョー・ミラー、エズレム・テュレジ、ウール・シャヒン/著、石井健、柴田さとみ、山田文、山田美明/訳 早川書房 2021年発行

第10章 新たな状態 より

クリスマスになると2人のメール受信箱に出荷の模様を知らせる写真が届き、ウールとエズレムにさらなる癒しと喜びをもたらした。mRNAの製造を指揮しているビオンテックの品質保証管理者クリストフ・プリンツは、ベルギーのプールスにあるファイザーの工場で製造されたワクチンを収め、EU各国への出荷を待つ1600の冷凍ケースの写真を転送してきた。この世界一貴重な薬剤をEU全域の配送センターに配達するトラックが工場に列をなして並んでいる写真を送ってきたスタッフもいる。ウールは、これらのスタッフのメールへの返信にこう記した。
「写真をどうもありがとう。お返しに、創業したばかりのころの生産規模がわかる写真をお見せしよう……」。そしてそのメールに、親指はどのサイズのプラスチックチューブの写真を送付した。10年あまり前にビオンテックのチームが初めて製造した合成mRNA鎖が入った容器である。信じられないことにこのつつましやかな分子がいまや驚異的な医薬品の基盤となり、疲れ果てたライトスピード・チームのメンバーはおろか、不安を抱える世界中の人々に安心をもたらそうとしている。ウールは、このメールの本文をこう締めくくった。「これを実現できてよかった。楽しい休暇を」
アメリカからも喜ばしいニュースが届いた。現場の医師や看護師が、より多くの人命救助につながる発見をしたのだ。現場に届けられる薬剤は、一びんが接種5回分と言われていたが、現場の医師や看護師が、ファイザーから最初に送られてきた凍結されたワクチン材料を解凍し、それを指示どおり生理食塩水で希釈してみると、6回めの接種分の十分に用意できるほどの量があったという。まるで、供給不足だったBNT162b2が突如として2割増え、新型コロナウイルスにもっとも弱い人々にさらに数千万回分多く投与できるようになったかのようだ。
このニュースは、24時間ニュースチャンネルでクリスマスの「奇跡」だと報じられた。だがウールにとっては、必ずしも喜ばしいニュースとは言えなかった。ウールは数週間前から、一びんごとの量は接種5回分より多くなると訴えていた。注射器はすべてが同じというわけではなく、針の部分も含めると、その内部に充填される薬剤の量は注射器によって微妙に異なる。そのため製薬会社は慎重を期して、薬びんにある程度余分に薬剤を入れている。これは一般的なことなのだが、新興企業だったビオンテックは、経験豊富なファイザーにはっきりとこう伝えていた。各びんにはほぼ接種7回分に相当する量が入っており、規定分以上の材料は廃棄されてしまうおそれがある、と。
つまりウールは、一びんごとの推奨接種回数を増やそうとしたのだが、結果的にこの試みは成功しなかった。
    ・
ウールやエズレムが友人たちに変異株を過度に恐れる必要はないと伝えて以来、数多くのデータが集っていた。新型コロナウイルス感染症による重症化・入院の予防については、7月に公表されたイスラエルの統計によれば、BNT162b2の有効性はいまだきわめて高く、ワクチン接種者の90パーセント以上に予防効果が認められたという。ただし、現在多くの国で猛威を振るっている「デルタ」株に対しては、感染や発症を予防する効果がやや低下しているようだ。
その原因を1つに絞るのは難しい。ウールやエズレムは、最も可能性あ高い理由として、ワクチン接種者の抗体レベルが、2回目の接種から数ヵ月で減少している点を挙げている。たとえば、イスラエルの最もリスクの高い人々の場合、ワクチンの接種を受けてからすでに半年が過ぎている。その後の研究も行われているが、同様に解析が難しい。
ウールがメディアに向けて述べているように、ワクチンの幅広い予防効果を維持するためには、BNT162b2の2回目の接種の半年後に、3回目の接種が必要なのかもしれない。
    ・
いまだに年間数十万人もの命を奪っているインフルエンザのmRNAワクチンも、近いうちに登場するかもしれない。ビオンテックとファイザーの最初の共同事業であるこのワクチンは、コロナウイルス対策プロジェクトにより現実世界から得られた膨大な安全性データをもとに、間もなく臨床試験に入る予定だ。幼い子どもをはじめ年間2億人以上が感染しているマラリアのワクチンについても、すでに取り組みが始まっている。これで、既存の結核対策プロジェクトやHIV対策プロジェクトに続き、「3大感染症」すべてが網羅されることになる。そのほか、数おおくの感染症への対策が予定されているが、そのうちの一部は、既存の既存のワクチンの設計図の「指名手配ポスター」を置き換えることで対応できる。また、複数のウイルス株や疾患に対応する多価ワクチンも、理論上は可能であり、すでにビオンテックのがん治療薬に採用されている。
ウールによれば、mRNAは全体的に見て、ビオンテックに「医療を民主化する機会」を与えてくれたという。きわめて珍しい疾患や治療の難しい疾患でさえ、それを根絶する薬剤を生み出せるからだ。1例を挙げれば、同社はすでに、多発性硬化症の治療薬の試験を進めている。この治療薬では、mRNAの力を利用して、免疫反応を引き起こすのではなく抑制する。多発性硬化症は、身体が誤作動を起こして健全な細胞を攻撃することにより発症するからだ。この疾患に対する同社の先進的なワクチンでは、免疫部隊に正反対の指示を与える「指名解除ポスター」を送り込む。するとそれが、免疫部隊の警戒態勢を解き、敵と味方を適切に区別するよう促すのだという。

免疫系とコミュニケーションがとれるmRNAはいずれ、アレルギーから心臓病まで、あらゆる疾患への対応に利用されるようになるかもしれない(たとえば、心停止時に細胞が死ぬのを防ぐなど)。「理論的にはどんな機構であれ、そのメカニズムが十分に解明されているのであれば、それを操作することはできる」。そう言うエズレムは、将来的にはmRNAにより老化プロセスを逆転させることさえ可能だと確信している。