じじぃの「科学・地球_282_mRNAワクチンの衝撃・mRNAバイオハッカー」

How to Prepare the COVID-19 Pfizer-BioNTech Vaccine [Adult Dosage]

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=UtQmOWMzkzs

How to Prepare the COVID-19 Pfizer-BioNTech Vaccine

オミクロン特化のワクチン、臨床試験を開始 米ファイザーなど

2022年1月26日 朝日新聞デジタル
新型コロナウイルスのワクチンについて、米製薬大手ファイザーと独バイオ企業ビオンテックは25日、オミクロン株に特化した新たなワクチンの臨床試験を始めると発表した。
すでに開発したワクチンを3回接種することで、重症化を防ぐ高い効果があるというデータが出ているが、予防効果が時間とともに弱くなる場合に備えて開発を急ぐという。
ビオンテックのウール・シャヒン最高経営責任者(CEO)は「ウイルスへの警戒を怠らないように、高い予防効果を保つための新たな手段を突き止める必要がある。今回のように、変異株に特化したワクチンを試験したり、開発したりすることは不可欠だ」とする声明を出した。
https://www.asahi.com/articles/ASQ1T7XJ3Q1TUHBI033.html

『mRNAワクチンの衝撃』

ジョー・ミラー、エズレム・テュレジ、ウール・シャヒン/著、石井健、柴田さとみ、山田文、山田美明/訳 早川書房 2021年発行

第4章 mRNAバイオハッカー より

ジルク・ペティングがオーストリア・アルプスでスキーを楽しんでいるとき、電話が鳴った。相手の声はやや落ち着きを失っていた。ドイツ南西部を走っていた中距離路線の列車が、中世の趣を残す小さな町の近くでパトカーと救急車の車両隊に止められたという。全身防護服を身につけた救急隊員が客車に乗り込み、少し調子の悪そうな男性を1人連れて出てきたらしい。ビオンテック人事部の社員が電話越しに読みあげた通信社の記事によると、その乗客は数時間前にイタリアから空路ドイツに入っていて、イタリアではミラノを通過していた。フランクフルト空港から列車に乗り、ナーエ川沿いを走っているときにインフルエンザのような症状が出てきたため、最悪の事態を恐れて、新設されたコロナウイルス・ホットラインに電話したのだという。救急隊が現場に動員され、感染が確認されたときに追跡できるよう乗客の詳細を記録した。
この出来事に不安を覚える人はほとんどいなかった。ラインラント=プファルツ州の地方テレビ局で速報が出たが、ほかではたいして取り上げられなかった。これは2月26日の出区ごとであり、感染者数は急増していたものの、その時点でイタリアで報告されていたのは400人にすぎない。問題の乗客が新型コロナウイルスに感染している可能性はきわめて低かった。とはいえ、その1件があった場所を聞いてジルクはぞっとした。俳優ブルース・ウィリスの生誕の地として最もよく知られるイーダー=オーバーシュタインは、地図上のどこにあるのかほとんどのドイツ人はよく知らない。しかしオンテック最大の製造拠点がある町であり、がん治験で使われる物質がそこでつくられていたのだ。現地のチームは、既存の施設に手を加えて新型コロナウイルスの初期出荷分を製造できないかすでに検討していた。流行があまりにも接近していて予断を許さない状態だったからである。
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仕事では、何よりの課題は樹状細胞に入ったmRNAの効力を大幅に高めることにあった。ウールとエズレムが考えるがん治療法にとってこれが特に重要だったのは、何十億もの腫瘍細胞を攻撃して成功を収めるには、途方もなく強力な反応を引き出さなければならなかったからだ。したがってマインツのチームは、合成mRNAにコードしたとおりのタンパク質、つまり免疫系の兵舎のあちこちに貼るいくつかの「指名手配ポスター」を樹状細胞に大量につくらせ、しかも免疫系の狙撃兵たちがきちんと訓練されるまでそれを続ける必要があった。
しかし問題は、体の外からもたらされたmRNAと、細胞にもともと存在するmRNAが、タンパク質の生産ラインを使う時間を取り合うことにある。ウイルスや細菌が危険なのは、それらが絶対的な方法を使ってこの戦いに勝つことが多いからだ。細胞に侵入して既存のmRNAの翻訳を阻止し、自分たちが優先されるようにするのである。ウールとエズレムは、原理上、侵略的なウイルスのやり方を合成mRNAに学ばせることができると考えていた。もう1つの方法として考えられたのは、体内の普通のmRNAがあまりタンパク質をつくらない一方で、一部のmRNAが大量のタンパク質をとりわけうまくつくる理由を突き止めることだった。それと同じように、2人の薬のmRNAを細胞の生産ラインで優先させることができれば、樹状細胞の”やることリスト”のトップにそれが置かれ、しばらくそこにとどまることになる。この目標を追求すべく、新たに結成されたコアチームの研究者たちはバイオハッカーの精鋭部隊と化した。
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海を越え何千キロメートル離れた場所では、もう一人の根気強いバイオハッカーがmRNAの問題点への独自の解決策を探っていた。
1976年、カタリン・カリコは母国ハンガリーの南部の街、セゲドの大学講師からこの分子のことを初めて教わった。興味を持ったカタリンはすぐに博士課程でこのテーマを研究することのことに決め、タバコの煙が立ちこめる研究所の実験室で実験を始めた。ペンシルベニア州テンプル大学からさらに研究を進めるようオファーをもらい、そのおかげで当時まだ共産主義国だったハンガリーを逃れることができた。政府は50ドル相当を超える外貨を国外に持ち出すことを禁じていたため、カタリンは家族の自動車を900ドルで売り、夫の小遣いとあわせて1000ドル相当の現金を娘のテディベアに詰め込んでアメリカへ向かったという。
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2010年代には、ウールとエズレムおよびチームの面々は化学組成をわずかに変えた何十もの脂質を繰り返し試して、自分たちのmRNAプラットフォームに完璧に合うものを探した。「最初はただただ試行錯誤でした」とエズレムは言う。「でもその後、いろいろなことがわかりはじめたのです」。脂質の種類だけでなく、mRNAと組み合わせる際の比率も重要であることをグループは理解しはじねた。何百回も実験を重ねたのち、特定のmRNAを含む特定の大きさのナノ粒子と脂質の割合がポイントであることを突き止める。
mRNAにコードされたメッセージは、血流に乗って体のペンタゴンにいる将校たちのもとへ届けられる。その内容に注意を十分喚起されると、将校たちは指揮下の舞台を訓練する。マインツのグループがmRNAの構造を「ハッキング」し、これらの脂質で覆ってつくったワクチンへの免疫反応は、きわめて良好だった。「指名手配ポスター」が免疫の用心棒の宿舎に貼り出されていたのである。
ウールとエズレムは、静脈注射が可能で効力のあるmRNAがんワクチンをつくるという当初の目標の達成が近づいているのを感じ、臨床に向けて研究を加速させた。2014年、ビオンテックは新しい臨床試験に着手し、新発明された、この脂質に覆われたmRNAワクチンで最初の患者の治療を行なう。このブレイクスルーは権威ある《ネイチャー》誌に画期的な論文として発表された。それから数年を経た2017年、ウールはmRNAが次世代を担う技術だと「絶対的に確信している」と自信たっぷりに同誌に語っている。期待外れのDNAワクチンとは異なり、mRNAは「誇大宣伝されたものではありません」とウールは記者に言う。「長年、目立たないままでしたが、ようやく可能性を発揮できるところまで成熟したのです」
2018年10月、ウールはmRNAを静脈注射した2014年の試験の追跡調査の結果を発表する。「科学でいのちに息を吹き込む」と題したイベントで、タイムス・スクエアにあるニューヨーク・マリオット・マーキスの大会場に集まった免疫学者に、この研究で治療した黒色腫の患者数十人のデータを示した。その前日には、体内に存在する防御力を結集させて進行性腫瘍と戦わせる研究で本庶佑とともにノーベル生理学・医学賞を受賞したばかりのがん免疫学者、ジェイムズ・P・アリソンが登場して熱狂的な歓迎を受けていた。聴衆はついにがん免疫療法の時代に入りつつあることを確信し、ウールの報告し、ウールの報告がさらなる喝采を呼ぶ。エズレムが聴衆にまぎれて見守るなか、ウールはビオンテックのmRNA医薬を投与されたのちに数人の患者の腫瘍が縮小したと発表したのである。すべての例でT細胞の強力の強力な反応が見られ、なかには数十億の「狙撃兵」が動員されていたケースもあった。「病の帝王」がついに強敵に直面した。免疫系の兵器庫のすべての武器が、この恐ろしい病気に一斉に集中して向けられたのである。
200年を超える予防接種学の歴史を経て、ようやくジェンナーの初歩的な手法に代わる効果的な方法の見通しが示された。最適化されたmRNAが適切に脂質に包まれてリンパ組織に届けられさえすれば、それらの帰還でうろうろしている樹状細胞、つまり将校が十分な音量で警鐘を鳴らし、強力な免疫反応を呼び起こすのだ。

しかしウールとエズレムは、自分たちが完成させようとしている技術がわずか15ヵ月後に、はるかに大きな舞台で脚光を浴び、パンデミックに終止符を打つそのポテンシャルに人類がみな息をのむことになるとは知るよしもなかった。