じじぃの「同性愛・なぜ繁殖できないのにつがいなのか?生きもの・かわいくない世界」

Gay budgies; Periquitos gays

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=mUWK0nQ4szY

コアホウドリ」のメス同士の同性カップル

動物の多様な同性愛と「超個体」

2009.06.18 WIRED.jp
さまざまな動物種で多様な同性愛的行動が見られる。動物コミュニティ全体にとっての利益になる場合も多い。
こういった例は、個々の個体の適応性を上げるものとして説明が可能だが、動物における同性愛にはさらに大きな意味合いを見ることも可能だ。例えばコアホウドリは一夫一婦制が普通だが、メスの数がオスより多い。その結果、カップルの3分の1近くがメス同士だ。メス同士のカップルは、メス1羽だけの場合より子育てがうまい。また、独り身のメスが、ほかの巣にいるつがいのオスを誘惑するといったことが減る。
https://wired.jp/2009/06/18/%E5%8B%95%E7%89%A9%E3%81%AE%E5%A4%9A%E6%A7%98%E3%81%AA%E5%90%8C%E6%80%A7%E6%84%9B%E3%81%A8%E3%80%8C%E8%B6%85%E5%80%8B%E4%BD%93%E3%80%8D/

『生きものたちの「かわいくない」世界』

ヴィンチェンツォ・ヴェヌート/著、安野亜矢子/訳 ーパーコリンズ・ジャパン 2021年発行

第5章 家族 より

リロの家族では、誰も見捨てられたり、忘れられたりしない。スティッチのような風変わりな宇宙人でも。映画『リロ&スティッチ』で、リロがスティッチに悪い子だけれど、家族の一員だから追い出さないでほしいとお姉さんにお願いするシーンを見るたびに、胸が締めつけられる思いがする。しかしながら、映画に出てくるような、父親、母親、たくさんの兄弟姉妹、祖父母が支えあう理想的な家族は、自然界ではまれだ。

同性同士のつがい

この悲しい物語(野生のアオコンゴウインコが密猟者などによって絶滅してしまった)は、生物学的進化論の観点から存在しないはずの家族が、自然界でも作られることがあると教えてくれた。ブンチョウは、ジャワ島やバリ島に生息する鳥だ。黒い頭、赤いくちばし、灰色の肩、ベージュの腹部をしている。「米を食べるもの」を意味する「オリジボラ」という名前から、種子を主食としていることがわかる。
オスは繁殖期になると歌を歌ったり、メスの周りを飛び跳ねたりして求愛する。メスがその気になると2羽で巣を作り、協力してヒナを育てる。籠のなかで飼育されてきた鳥であるブンチョウには、飼育下における興味深い観察がなされてきた。
日本の鳥類学者である常木勝次(つねきかつじ)は、つがいを形成していた2羽のオス、イエローとスミについて述べている。イエローはオスとして求愛したり、歌ったりする一方、スミはメスとして振る舞っていた。交尾をすることもあったが、その際もイエローはオスがするように上に乗り、スミはメスがするように下になって尾を上げていた。
常木はこの2羽がよい親になり得るかを調べるために、ほかの巣から3つの卵を取ってきて、彼らの巣に入れた。4週間、2羽は規則正しく卵を温めた。スミはメスとして、巣を守る役割のイエローよりも長い時間温めていた。2羽のヒナが生まれ、10日ほど世話がされたものの、ヒナは死骸となって発見された。原因はわからなかった。常木がイエローとスミを分けて、それぞれをメスと一緒にしてみると、今度はスミもオスとして振る舞いはじめたという。
この話は、動物行動学者であるダニーロ・マルナルディの著書『鷲の戦略』で言及されているが、同様のことはコンラート・ローレンツの著書『攻撃――悪の自然誌』(みすず書房、1970年)でも述べられている。
動物行動学の父であるローレンツによると、2羽のオスのガチョウが非常に安定したつがいを形成し、他のガチョウを支配していたという。巣ごもりの時期になると、1羽のメスが加わり、3羽でヒナを育てていた。つまり生きもののなかには、オス同士、もしくはメス同士がつがいになるLGBTの家族が存在するのだ。

同性愛のつがいは繁殖できないにもかかわらず、なぜ存在するのだろう?

動物の行動には、一見すると性的な意味を持っているとしか思えないものがある。公園で同性の2匹が興奮し合っているのを観たことがあるだろうか? あれは「さあ、愛し合おう」と言っているのではなく、「お前のほうが弱いんだから服従しろ」と言っているのだ。上に乗っているほうが支配する側、下にいるほうが服従する側である。
また、若いライオンのオスは、おとなになると群れから追い出される。追い出される直前になると、その若いライオンが父親であるリーダーに近づき、発情期のメスのように尾を高く上げてしゃがみ込んでいる光景がよく見られる。つまりは「僕を殺さないで、追い出さないで。僕はメスのようなものだから、あなたと競い合ったりしません」と言っているのだ。これは同性愛ではなく、非言語コミュニケーションであり、ときに観察者によって誤解されることがある。