「表現主義画家」エルンスト・キルヒナー(Ernst Ludwig Kirchner)の絵画集
キルヒナー 「雪の中のディビス」
私の好きな絵画(その1454):キルヒナー
2015年3月16日 私のゆるゆる生活
https://mnnoblog.exblog.jp/21704161/
『366日風景画をめぐる旅』
海野弘/解説・監修 パイインターナショナル 2021年発行
画家たちが愛した風景 12 モダン・アルプス(The Modern Alps) より
セガンティーニやホドラーは、原始のままの、無垢のアルプスを描いた。それは近代化、都市化の中で危機に瀕している自然をとりもどそうとする試みであった。そのような古きよき風景は、1918年のホドラーの死とともに終わっていく。
1920年代にはモダンなアルプス風景が登場する。ツーリズムが発達し、登山電車が開通し、観光客がスイスにやってくる。山々は都市と近くなるのだ。そのようなモダン・アルプスの風景を見出したのは表現主義の画家たちであった。ドイツ表現主義は、ミュンヘンの「青騎士」とドレスデンの「ブリュッケ」という2つのグループを中心としていたが、「青騎士」に参加した、ロシアのマリアンネ・フォン・ヴェレフキンと恋人のアレクセイ・フィン・ヤウレンスキーは1907年にジュネーブのホドラーを訪ねており、1914年、大戦を逃れて、スイスにやってきた。
一方、「ブリュッケ」のエルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーはスイスの山岳風景画の新しいスタイルをもたらしたといわれる。
セガンティーニの、永遠の静けさに包まれたアルプス風景では時は止まっているが、しかし時は流れ、現代生活は動いてゆく。その中で新しい風景を見出していかなければならない。なぜなら人間は変わっていくのであり、静止した風景の中では生きられないからだ。キルヒナーの絵では古い風景と新しい人間生活との葛藤があり、風景もいきいき動いていく。
キルヒナーの影響で、スイスの表現主義グループ「赤・青(ロート・ブラウ)」がつくられた。アルベルト・ミューラー、ヘルマン・シェーラーなどである。1920年代に彼らによって表現主義的な山岳風景が描かれた。その風景はダヴォスを中心としたスイス東部のアルプスであった。1938年のキルヒナーの死によって、アルプスの表現派の風景画は終わる。
アルプス風景画が、スイス中央部の山々から東部へと移っていったことは面白い。中央部はあまりに観光化したからであろうか。
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