じじぃの「科学・地球_271_366日風景画をめぐる旅・アブラムツェヴォ(ロシア)」

3分でわかるイリヤ・レーピン(人から分かる3分美術史143)

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=N9VQFPEr4ak

レーピン 「畝を歩くヴェーラ・レーピナと子どもたち」

驚異のアブラムツェヴォ:ロシアの芸術家、作家、パトロンが愛した屋敷に関する6つの事実

2019年5月23日 ロシア・ビヨンド
ロシアの多くの貴族屋敷がロシア文化と密接に結び付いている。それぞれの時代の著名な活動家、詩人、音楽家、芸術家がそこで暮らした。
だがロシアには、それ抜きではロシア文化を語れないような場所がある。その一つが、ロシア郊外のアブラムツェヴォだ。何がユニークなのか。なぜ世界的に有名な文化人らがこの場所と結び付いているのか。この屋敷の歴史に関する興味深い事実をいくつかお話ししよう。
https://jp.rbth.com/travel/82059-aburamutsevo-yashiki

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『366日風景画をめぐる旅』

海野弘/解説・監修 パイインターナショナル 2021年発行

画家たちが愛した風景 10 アブラムツェヴォ(Abramtsevo) より

バルビゾンやヴォルプスヴェーデのような西ヨーロッパの芸術家村に対してロシアにも芸術家村ができた。19世紀後半、ようやく近代化に目覚めた自由主義的な貴族や新興の実業家が、理想的な農村共同体をつくろうとするユートピア思想を持った。
アブラムツェヴォはモスクワ郊外の別荘地で、作家セルゲイ・アクサーコフの別荘には多くの文化人が訪れていた。その地を鉄道で財を築いたサッヴァ・マーモントフが買い取った。新しい富を得たロシアの資本家は、アメリカの百万長者のように、文化・芸術のパトロン、コレクターになった。マーモントフもその1人である。
マーモントフは美術品を集めるだけでなく、アブラムツェヴォを芸術家村とし、画家、文人、音楽家を招き、ロシアのフォーク・アートを復活し、展覧会、音楽会、さらにオペラの公演までを企画した。画家のレーピン、ワシリー・スリコフ、ミハイル・ヴルーベリ、コンスタンチン・コローヴィン、ヴァレンチン・セロフなどがやってきた。マーモントフは西洋美術の新しい傾向を好んだ。アブラムツェヴォはこの両輪において、ロシアの近代芸術を開幕させたのである。フランスとロシア、前衛芸術と民衆芸術が1つに融合して、ロシアの世紀末(銀の時代)が育てられる。
ロシアではモスクワとペテルブルグという2つの中心がある。国民的モスクワと西欧的ペテルブルグである。アブラムツェヴォがモスクワの近くにつくられたのは偶然ではない。
セルゲイ・ディアギレフは『芸術世界』というロシアの芸術雑誌を創刊した。マーモントフはその後援者であった。アブラムツェヴォのロシア版のアーツ・アンド・クラフツ運動に参加した多くの芸術家が『芸術世界』に登場した。
ロシアのもう1つの芸術家村タラシキノもモスクワの西方につくられた。主宰したのはマリア・テニシュワ公爵夫人である。彼女は貧しい貴族であったが裕福なヴィチェスラフ・テニシェフ公と結婚し、1893年スモレンスクのタラシキノを買い、ロシアの工芸美術を復興するために、工房と学校をつくった。アブラムツェヴォにならいつつ、女性的な感性を生かそうとした芸術家村であった。

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