じじぃの「歴史・思想_533_老人支配国家・日本の危機・磯田道史氏との対談」

映画『殿、利息でござる!』 ……日本人の誰もが見ておかなければならない秀作……

2016年05月18日 一日の王
結論から先に言ってしまおう。
「日本人の誰もが見ておかなければならない秀作です」
「いますぐ映画館へ」
https://blog.goo.ne.jp/taku6100/e/0dfe1336752103619b0ee45a858bc4ce

文春新書 老人支配国家 日本の危機 エマニュエル・トッド

本当の脅威は、「コロナ」でも「経済」でも「中国」でもない。「日本型家族」だ!
【目次】
日本の読者へ――同盟は不可欠でも「米国の危うさ」に注意せよ

Ⅰ 老人支配と日本の危機

1 コロナで犠牲になったのは誰か
2 日本は核を持つべきだ
3 「日本人になりたい外国人」は受け入れよ

Ⅱ アングロサクソンダイナミクス

4 トランプ以後の世界史を語ろう
5 それでも米国が世界史をリードする
6 それでも私はトランプ再選を望んでいた
7 それでもトランプは歴史的大統領だった

Ⅲ 「ドイツ帝国」と化したEU

8 ユーロが欧州のデモクラシーを破壊する
9 トッドが読む、ピケティ『21世紀の資本

ⅳ 「家族」という日本の病

10 「直系家族病」としての少子化磯田道史氏との対談)
11 トッドが語る、日本の天皇・女性・歴史(本郷和人氏との対談)

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『老人支配国家 日本の危機』

エマニュエル・トッド/著 文春新書 2021年発行

10 「直系家族病」としての少子化磯田道史氏との対談) より

歴史人口学の父、速水融

磯田 トッドさんの40年に及ぶ研究の集大成である『家族システムの起源』(藤原書店)が、日本で翻訳が刊行され、非常に興味深く読みました。核家族や、直系家族(子供のうち1人、一般的には長男が相続者として親と同居する)といった家族システムが、社会の価値観やイデオロギーを規定していることを、全世界を対象に分析して論証した研究です。この本でひとつの国に丸々1章を費やされているのは日本だけですね。
トッド 日本について詳細に論じることができたのは、日本の歴史人口学の父である速水融さん(1929-2019年)の素晴らしい研究成果のおかげです。彼の作った学派によって徳川時代の溶質なデータが揃っていました。また、速水さんは良き友人でもあります。私の師匠筋にあたるエマニュエル・ル=ロワ=ラデュリの家でたまたま出会いましたが、速水さん、ル=ロワ=ラデュリとそしてケンブリッジ大学の私の師匠、ピーター・ラスレットの3人が、歴史人口学と家族史の世界をリードしていたのです。
磯田 実は大学院生のとき、速水先生の研究のために日本中の古文書を探し歩いていました。専制が5年で5億円近い科学研究費を獲得されて、「これで家族と人口に関する史料を集めよう」と。
トッド 磯田さんは私と似たことをしていたのですね。私もラスレットに命じられて、史料探査に出かけたものです。私の場合は、ラスレットの学説では説明できないようなデータを見つけて、困らせてやろうと思っていましたが(笑)、磯田さんはどうでしたか?
磯田 ハハハ。そんな挑発はしませんでしたが、速水先生は当時からトッドさんの話をよくしていたので、トッドさんと議論するのに役立ちそうな史料を優先して探すようにしていました。ヨーロッパの家族システムの地域分布図が載っているトッドさんの著書『新ヨーロッパ大全』(藤原書店)を念頭において、地域が偏(かたよ)らないように、いろんな場所に探しに行きました。
 速水先生から家族と人口について農民の史料だけを集めればいいと言われていたのですが、密かに武士の史料も集めていたんです。最初、バレたときは怒られましたが、後になって、「いつの間に集めたんだ」と速水先生は笑って喜んでいたように思います。
トッド さすが速水さんは素晴らしい。これがヨーロッパだとそうはいきません。特にフランス人の若い研究者は指導教授に従順にすることを潔しとせず、むしろ反抗しようとします。すると、どうなるか。私など、教員のポストが見つかりそうになったとき、ラスレットから邪魔されましたよ。私は彼の1番優秀な学生だったのですがね(笑)。

トッドが観る、『殿、利息でござる!

磯田 今回の対談に際して、トッドさんは、私の著作『無私の日本人』(文春文庫)が原作の映画『殿、利息でござる!』をご覧になられたそうですね。未見の方もいると思うので簡単にあらすじを説明しておきます。
 この作品は、実話をもとにしていて、舞台は18世紀の仙台藩の宿場町・吉岡宿。住人たちは宿場町の間を結ぶ「伝馬(てんま)役」を任されており、馬の維持費など重い出費のために生活が困窮、夜逃げするものがあとを絶たなかった。その状況を打開するために立ち上がったのが、造り酒屋の主人・穀田屋十三郎。1千両をかき集めて藩主に貸しつけ、その利息を伝馬役の費用に当てることを企てる。さて、どうやって1千両もの大金を集めたのか――。
トッド 私は日本が大好きですが、これまで実際に目にしてきたのは現代の風俗であって、江戸時代のそれは見たことがありませんでした。映画を通じてですが、当時の人々の様子を興味深く感じました。
 また、東北の家族構造について調べて私自身が知っていたこと――女性の地位が比較的高いことや、必ずしも長男が家を継ぐわけではないこと――などが描かれていて、意を強くしました。
磯田 穀田屋は長男ですが、養子に出されて、実家の両替商は弟が継いでいたことですね。この主人公一家が本当にそうだったかは、フィクションが含まれているのですが、東北に特徴的な家族形態は、映画で描かれている通りです。
トッド これまで統計資料などを読んで、日本の家族システムをイメージしてきましたが、映画を見て具体的な確信を与えてもらいました。
磯田 伝馬役の費用をまかなうために、儲けにもならないのに、みんなで1千両を集めるというのは直系家族だからこその発想だと思います。同じ村に代々住み続けることが前提になっているわけで、子々孫々の代まで「お前の家は1文も出さなかった」と言われたくない。
トッド 村のまとめ役である肝煎(きもいり)や代官を通して藩主に融資を申し出るなど、すべては封建制のシステムの中で企てが進められていますが、そうした封建的な倫理と利回りを計算するような経済合理性が一体となって機能しているのが、とくに興味深い点でした。封建制と経済合理性を二項対立で捉える。ヨーロッパの古くからのステレオタイプがまったく通用しない世界だからです。