じじぃの「科学・地球_174_太平洋とはどんな海か・深海のオアシス」

Weird and wonderful: Giant tubeworms

動画　YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=7j_RfzhddBM&t=12s

Giant tubeworms

Giant tubeworm

MBARI
https://www.mbari.org/products/creature-feature/giant-tubeworms-landing-page/

太平洋その深層で起こっていること

蒲生俊敬（著）
世界最大の広さを誇り、世界最深点をそのうちに秘める太平洋。人類最後の秘境＝深海底はどんな世界なのか？水深1000mにひそむ火山の正体とは？
第1部　太平洋とはどのような海か
第2部　聳え立つ海底の山々
第3部　超深海の科学――「地球最後のフロンティア」に挑む

- - - - -

『太平洋その深層で起こっていること』

蒲生俊敬／著　ブルーバックス　2018年発行

第1部　太平洋とはどのような海かより

第2章　「堅い」太平洋――その海底はどうなっているのか

19世紀より以前の人類は、太平洋も含めた世界中の海について、その海底がどんな地形をしているのか、ほとんど何も知りませんでした。当時の人々は、「海底には起伏がなく、のっぺりとした平面がずっと続いているのだろう」といった程度の、ごくあいまいな認識しかもっていなかったと考えられます。
ところが、20世紀に入る頃から観測頻度が高まり、また観測手法が向上したことで、海底の地形は、のっぺりどころか、複雑な凹凸に満ちたものであることが、しだいに明らかになってきました。

熱水に群がる奇妙な生き物たち――「深海のオアシス」

深海底にはふつう、ごく少しの生物しか棲んでいません。理由は明白で、餌がないからです。
一方、海洋の表層にはたくさんの生物がいて、植物プランクトンを一次生産者とする食物連鎖で相互につながっています。植物プランクトンは、太陽エネルギーを用いて光合成を行いますが、光合成ができるのは、太陽光線の届く深さ200メートル程度までです。
それより深い、真っ黒な深海に棲む生き物たちは、はるか上部の海面付近から光合成有機物（生物の死骸や排泄物など）の断片が落ちてくるのをじっと待っています。しかし、有機物はほとんどが降下中に分解されてしまうため、深さ数千メートルの深海底ともなると、ごくわずかしか落ちてきません。そこはまさに、砂漠のような厳しい環境なのです。
ところが、深海の熱水噴出域のまわりには、びっくりするほど大量の生物がいます。砂漠とは正反対なので、「深海のオアシス」とよぶ人もいます。その1例を図（画像参照）に示します。なぜ、これほど多くの生物が密集して生息できるのでしょうか？
その秘密は、熱水に含まれる水素やメタン、硫化水素などの還元性物質にありました。これらの物質からエネルギーを取り出して、有機物、すなわち自身のからだを合成できる微生物がいます。光合成ならぬ、「化学合成」とよばれる現象です。熱水噴出域のような特殊な環境において、このような化学合成微生物を一次生産者とする食物連鎖系が確立されると、そこで信じがたいほど大量の生物が繁栄できるのです。
長さ30センチメートルもある巨大な二枚貝（シロウリガイ）や、真っ赤なエラを優雅に出し入れするチューブワーム（ハオリムシ）。これらの動物は、体内に化学合成微生物を共生させ、彼らがつくり出した有機物を分けてもらうことによって、生命活動を維持しています。
彼ら熱水性の生物群集にとって、熱水はまさに「命の綱」とよべるでしょう。熱水活動が終息したり、あるいは熱水チムニーが沈殿物によってふさがったりすると、彼らの生存はただちにおびやかされます。別の熱水噴出出口に移動できなければ、死滅するしかありません。その意味でも「オアシス」の喩（たと）えば理にかなっているといえそうです。
ところで、高温でも生息できる好熱性の微生物は、地球上の生命の起源に近い存在と考えられています。すなわち、太古の熱水活動域こそ、最初の生命が誕生した場所かもしれないのです。