じじぃの「科学・地球_172_太平洋とはどんな海か・深層循環のしくみ」

日比谷紀之 地球惑星科学専攻 教授 『深層海洋大循環が握る地球気候システムの謎』

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=5wN78jCIBM8

ブロッカーの「コンベアーのコンベアーベルト」

ウォーレス・ブロッカーさん死去の報道について

2019年02月20日 海洋学研究者の日常
2月19日午後に共同通信から以下の「米科学者のW・ブロッカー氏死去 「地球温暖化」広める」と題する短い記事が配信された。

1.海のコンベアーベルトの模式図

「海のコンベアーベルト」とは、風による表層の海洋循環と海面冷却によって生じた深層水の広がりとが世界規模でつながっていることを示す模式図である。
http://hiroichiblg.seesaa.net/article/464225345.html

太平洋 その深層で起こっていること

蒲生俊敬 (著)
世界最大の広さを誇り、世界最深点をそのうちに秘める太平洋。人類最後の秘境=深海底はどんな世界なのか? 水深1000mにひそむ火山の正体とは?
第1部 太平洋とはどのような海か
第2部 聳え立つ海底の山々
第3部 超深海の科学――「地球最後のフロンティア」に挑む

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『太平洋 その深層で起こっていること』

蒲生俊敬/著 ブルーバックス 2018年発行

第1部 太平洋とはどのような海か より

第1章 「柔らかい」太平洋――広大な海を満たす水の話

「プロローグ」で、太平洋には2つの側面があるとお話しました。
「柔らかい」太平洋と「堅い」太平洋です。自由に形を変えて動き回る海水の太平洋と、その海水の下にある堅い「容れ物」としての太平洋と言い換えることができるかもしれません。
本章では、前者の「柔らかい」太平洋の話から始めることにしましょう。世界最大の海を満たす水には、どのような特徴があるのでしょうか?

海洋をかき混ぜる「深層循環」のしくみ

海水が動いているのは、海の表層だけではありません。深い海の中では、熱塩循環とよばれるゆっくりとした海水の動きが、世界中の海をつないでいます。この深層海水の動きは、温度=「熱」と塩分=「塩」で決まる海水の密度(重さ)に依存することから、「熱塩」循環とよばれます。
熱塩循環は、風成循環とはしくみがまったく異なります。世界の熱塩循環ルートを概念的に示したのが図(画像参照)です。最初にこの図をつくった米国・コロンビア大学のウォーレス・ブロッカー教授にちなみ「ブロッカーのコンベアーベルト」ともよばれています。ちょうど工事現場のベルトコンベアーのように、深層海水が途切れなく全世界をめぐり続けているイメージです。
コンベアーベルトの起点は北太西洋にあります。北太西洋の最も北のはずれ、グリーンランド海やラブラドル海では、劇冬期に表面の海水が強く冷却されます。海水は温度が下がるほど密度が増加します(重くなります)。さらに、海水の一部が結氷すると、氷(真水)か吐き出される塩によって海水の塩分が増加し、密度をますます増加させます。こうして高密度となった表面海水は、重力によって深海へと沈み込み、北太西洋深層水となって大西洋を南下していきます。
一方、南極でも、ウェッデル海ロス海などの南極大陸に接する海域で、冬季に同様のメカニズムで表面海水の沈み込みが起こります。そして、南下してきた北太西洋深層水も取り込んで南極底層水が形成され、南極大陸に沿って時計周りに循環します。
沈み込んだばかりの南極底層水は、高密度であると同時に、海洋表面の光合成でつくられた酸素ガスをたっぷり溶かし込んでいます。この南極底層水の一部は枝分かれして、インド洋と太平洋の最深層を北上していきます。
こうして、北太西洋から始まった深層流が最後に北太平洋まで到達するのに、ほぼ2000年かかると推定されています。後で詳しく述べるように、海水中に含まれる放射性核種の1つ、炭素-14(半減期=5730年)の濃度分布から明らかにされたことです。
インド洋や太平洋を北上した南極底層水は、上層にある低密度の海水と混ざり合いながらしだいに海洋表層へと浮き上がり、表面海流となってふたたび北大西洋南極海に戻っていきます。
全体として見れば、高緯度域(極域)の冷たい海水が低緯度域(熱帯海域)へ運ばれ、一方で低緯度域の暖かい海水が高緯度域に運ばれます。つまり、高緯度域と低緯度域との温度差を和らげてくれることになるので、深層循環は地球にとって、あたかもエアコンのようなありがたい存在といえるでしょう。
もしこのコンベアーベルトが動きを止めてしまうと、北半球の温度は著しく低下します。あるモデル計算によれば、陸上で1~2℃、海上では2~5℃も低下するとされています。