じじぃの「科学・地球_128_重力波とは何か・2つの無限・ヒッグス場」

The Higgs Boson Simplified Through Animation

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=L6AN6UwTTjU

重力波で見える宇宙のはじまり―「時空のゆがみ」から宇宙進化を探る

ピエール・ビネトリュイ【著】
重力――もっとも弱く、謎に包まれていた力が、この宇宙に大きな影響を与えている。
アインシュタイン重力波を予言してから100年。
アインシュタイン最後の宿題”と言われた重力波の観測が成功したことで、「重力波天文学」がついに幕を開けた。
それによって、我々の宇宙観はどのように変わるのだろうか?
インフレーション、ブラックホール、量子真空、ダークエネルギー、量子重力理論……。
宇宙を理解する上で欠かせない問題をやさしく解説しながら、宇宙誕生と進化の謎に迫る。
序章 変貌する宇宙
第1章 重力、この未知なるもの――ガリレイニュートンアインシュタインの見解
第2章 一般相対性理論――重力の理論から宇宙の理論まで
第3章 宇宙を観察する
第4章 2つの無限――両者は共存できるか?
第5章 宇宙誕生の瞬間――インフレーションから最初の光が現れるまで
第6章 ダークエネルギーと量子真空
第7章 闇を学ぶ――ブラックホール
第8章 重力のさざ波――重力波とは何か
第9章 重力波の直接探知に成功――We did it!
第10章 宇宙の未来

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重力波で見える宇宙のはじまり 「時空のゆがみ」から宇宙進化を探る』

ピエール・ビネトリュイ/著、安東正樹、岡田好惠、安東正樹/訳 ブルーバックス 2017年発行

第4章 2つの無限――両者は共存できるか? より

「場」とはなんだろう

ビッグバンの10-6秒後、宇宙はクォークグルーオンが混ざった状態から、識別可能な粒子の状態(クォークが集まってできる陽子や中性子)へと変化します。そのような変化のことは「相転移」と呼ばれます。たとえば、水の様態から、沸騰させると気体の状態に変化することも相転移と呼ばれます。
もう1つの相転移は、これより前の時代の宇宙で起こりました。それは、電弱力の統一と、ヒッグス場の値の変化の結果起こったのです。この「電弱相転移」と呼ばれる相転移の話に入る前に、少しヒッグス場について説明しましょう。
まず「場」とは何でしょうか? 日常の言葉では「場」とは、何かが置かれた表面と考えます。たとえば、種が植えられていたり、草が生えていたり、石ころがある地面などです。物理学における「場」とは、物理量を持った空間のことを言います。たとえば、水槽の中の水流の圧力や速度の場、ある表面もしくは体積における電場、星の付近の重力の場などです。
波というのは、時間変化している場のことです。したがって電磁波は、ある空間領域内のすべての地点とすべての時間における電磁場の値を集めたものとして表されます。つまり電磁波は、「時空における場」とも言えます。
第3章でその一端に触れましたが、相対論的量子力学では、あらゆる波を粒子とみなします。そして電磁波(とくに光)は、光の粒、つまり光子が集まったものと解釈されます。つまり時空の場と粒子の間には、二重性がある(同じものの2つの側面を見ている)のです。相対論的量子力学の研究分野が、場の量子論と呼ばれるのはそのためです。
光子と電磁場には二重性があります。ヒッグス粒子とヒッグス場についても同じことが言えます。物理学において「二重性」とは、<ヒッグス>という1つの実態が、場かあるいは粒子の形で現れるという意味です。<光>という1つ実態が、場(電磁波)か、あるいは光子(フォトン)の形で現れるのと同様のことです。
2012年、CERNにおいてヒッグス粒子が発見されました。これは同時に、ヒッグス場の存在が証明されたことになります。ヒッグス場は、標準模型の中で、他の既知の量子とは一線を画する特性を持っています。ヒッグス場は、スカラー場の1つなのです。
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具体的な例として、ひまわりの畑と麦の畑を見比べてみましょう。ひまわりはみな、太陽の方向を向いています。ところが麦には、特別な方向がありません。つまり、ひまわり畑がベクトル場、麦畑がスカラー場にたとえられます。
標準模型ではこの特性を利用しています。ヒッグス場は、あらゆる時空で一定の値を持っているのです。これは、あらゆる場所にヒッグス粒子があることを意味するのでしょうか? 必ずしもそうとは言えません。というのも、粒子というのはじつは、それに対応する場の、ある時間・場所での局所的なゆらぎのことだからです。そのようなゆらぎは、量子的な性質を持ち、微小時間しか続かない(統計的な効果としてしか検出できない仮想粒子という意味)ということもあり得ます。
一方、粒子が古典的なふるまいをする場合もあります。その場合には、粒子は検出器で観測することができます。

ブレーズ・パスカルの「2つの無限」

私たちはこれまで、宇宙をもっとも大きなスケールで観測し、同時に小さな粒子と、それらの基礎的な相互作用について研究を続けてきました。もっとも小さなスケールで物質を探るために、非常に強力な加速器を利用して、もっとも初期の宇宙の状態を知る手がかりを得ました。
無限大と無限小の世界が互いに包含しあうという思想は、今日まで多くの思想家や科学者によって語られてきました。そのうちの1人が、先にも登場したフランスの哲学者ブレーズ・パスカルです。
彼は著書『パンセ(冥想録)』の中で2つの無限について言及しています。パスカルは1662年に没しましたが、『パンセ』は彼の死後、友人・知人たちによってまとめられ、1670年に第1版が出版されました。
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パスカルは『パンセ』で、大小2つの無限に着目し、無限において人間はどうなるかと考えました。彼は科学者であると同時に哲学者であり、デカルトの系譜に属するキリスト教徒思想家でした。そして、無限大の中に神が在ると考えたのです。
『パンセ』を読んでもっとも興味深いのは、パスカルが大小2つの無限に関連性を見出したことです。「目に見える宇宙は広大である。だがごく小さな物の中に宇宙が潜んでいる。微細な世界にも、目に見えるのと同じ大空が、草木が、大地が、同じ縮尺で宿っているのだ」と、パスカルは『パンセ』の中で述べています。
さらに彼は、「すべての物は、一見無関係に見える場合も、直接的もしくは間接的に必ず関連し、互いに助け合いながら存在している」と説明します。そして、部分のみを見て全体を見失わないこと、全体を見ることに忙しく部分の考察をおろそかにすることがないように、とも書いています。これこそ、すべての科学者はもちろん、すべての人が心すべき訓戒ではないでしょうか。