じじぃの「モンゴル人大量虐殺・中華型ジェノサイド?中国人の少数民族根絶計画」

What is happening to the Uighurs? Exiled Uighurs push for ‘genocide’ investigation - BBC Newsnight

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=lZejLYkCZ3c

Ethnic Mongolians Protest China’s Plans to End Mongolian Language Teaching in Schools

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=txXhrHISHKQ

中華型ジェノサイド

中国北部の内モンゴル自治区にあるバヤン鉱区

Ethnic Mongolians Protest Against China's Move Mandating Mandarin Language Education

5th October, 2020 republicworld.com
Ethnic Mongolians in China’s Inner Mongolia region are protesting against the policy to forcibly push Mandarin language education in inner Mongolia.
https://www.republicworld.com/world-news/china/mongolians-protest-against-chinas-move-mandating-mandarin-education.html

『中国人の少数民族根絶計画』

楊海英/著 産経NF文庫 2020年発行

序章 中共による少数民族大虐殺 より

中華型ジェノサイド

社会主義者たちは「民族の消滅」を理想の1つに掲げ、それを実現する為に奮闘してきた歴史があります。それは中国も例外ではありません。ただし、中国共産党は平和的、対話的な手法によるものではなく、文化大革命中の内モンゴルに見られるように、彼らが得意としてきた暴力によって「民族の消滅」を実現しようとしてきました。
20世紀の人類はナチス・ドイツによるホロコーストなど、多くの大量虐殺事件を経験しました。2度と凄惨な虐殺行為を繰り返してはならないと、1948年、国連総会において『ジェノサイドの防止および処罰に関する条約』が採択されました。当時の国連のメンバーで、中華民国政府も調印しています。
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東京大学の石田勇治教授は、国民国家の統合と排除の論理が引き起こす暴力を、「国民国家型ジェノサイド」と分析しています。その意味では、内モンゴル自治区において発生したモンゴル人大量虐殺も「国民国家型ジェノサイド」に分類されるでしょう。ただ、「国家の統合と排除」という枠組みの中には、完全には収まらないのではないでしょうか。というのは、モンゴル人たちは一方的に中国政府から断罪され、殺戮されたのであって、ナショナリズムに傾倒したモンゴル人が中国人を殺すような対立の構図が存在しないからです。
つまり、モンゴル人大量虐殺は、中華人民共和国が、清朝期と中華民国時代の分離独立運動の歴史を数十年後に再清算したという、特殊な動機を持つジェノサイドだったのではないか。中国人民族学者・費孝通(ひこうつう)の理論を拝借すれば、「兄貴たる漢族」が「弟の少数民族」の離反に対して制裁を加える形で断行されたのです。この費孝通という人物は、イギリスで社会人類学を学んだことがあり、最初は共産党の独裁政策にも反対していましたが、徐々に権力に媚びるような態度を取り、人生の後半では完全に御用学者に変節しました。もっぱら少数民族を如何に統治すべきかとの政策を政府の為に練る政治家となり、1989年に「中華民族多元一体構造論」を出しました。

中国人=漢族が中心となって、諸民族は早晩、中国人に同化し融合していくべきだとの政策論であります。費孝通の政策論に対し、諸民族の識者たちは反対します。しかし、習近平政権はこの「中華民族」論をさらに政策化し、国家の復興と結びつけています。それが、「中華民族の偉大な復興」論の背景です。「中華民族」という理論と大量虐殺という事実を並べてみれば、それは「中華型ジェノサイド」だったといえます。この「中華型ジェノサイド」の被害者はモンゴル人だけでなく、チベット人ウイグル人もまた犠牲者であります。

ジェノサイドを正当化する理論

なぜ、中国共産党と中国人はこれほどまでに大量虐殺と性的犯罪を好んだのでしょうか。ジェノサイドにはそれを正当化する理論が求められ、その1つとして、「文明人」対「野蛮人」という構図が理論化されていました。また、全体主義的な中央集権国家政府内では、「民俗的優秀さ」もイデオロギーと連動して、「優秀でない者」を抹消すべく殺戮行為に発展するとされます。こうした視点から内モンゴルで発生した大量虐殺を分析した場合、中国人の本質が見えてきます。
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文化大革命的な政治手法」とは、つまり、モンゴル人たちが少しでも自らの権利を主張すれが、たちまち「分裂独立志向」とのレッテルを貼るというやりかたです。モンゴル人の有識者であるアルタンデレヘイは具体例として、1981年秋に内モンゴル自治区で発生した、中国人移民の増加に反対する学生運動を政府が鎮圧した事件を挙げています。この年、中国政府は四川省などから100万人もの中国人をモンゴル人の草原に移住させようと計画していました。その移民計画が自治区に伝わると、モンゴル人学生たちは抗議活動を始めたのです。中国政府は誠心誠意に対応せずに、リーダーたちを逮捕して鎮圧しました。文化大革命と1981年と、2度にわたる弾圧を経て、モンゴル人たちは民族のエリート階層を失いました。その結果、今日においては、チベットウイグルよりも「平穏」に見えているのです。モンゴル人たちが有名無実の自治区内で、わずかばかりの「自治権益」を守ろうとすることさえ、中国人はモンゴル国との関連を疑い、あるいは分離独立の動きととらえるのです。

第1章 中国という諸民族の牢獄 より

中国人による「砂を混ぜる政策」の実態

もともと自分たちの土地であるはずの東トルキスタンこと新疆で、ウイグル人たちが外国人奴隷以下の扱いを受け、その一方で、中国人はますますその支配を強めています。その端的なあらわれが人口です。現在、新疆ウイグル自治区に住んでいるウイグル人の数は800万人弱です。それに対し、1949年時点でわずか29万人だった中国人は、いまは800万人以上に膨れあがっており、公表されていない軍隊や武装警察の数を合わせれば、おそらく1000万人を超えるでしょう。
これは、中国共産党が目指す「新疆の中国化」が着実に完成に向かっていることを表しています。その具体的な手段の1つが、毛沢東が「砂をまぜる」と呼んだ中国人すなわち漢民族の大規模な入植活動でした。中国人という砂をどんどん入れて、現地の砂である少数民族より多くすれば、そこは自然に漢民族の土地になるという発想です。
しかも、共産党政府は、新疆の中国化と同時に、内地の貧困層の問題を解決しようとしました。その為、自治区に送り込まれたのは、中国人の中でもどちらかといえば底辺にいる、貧しい人たちが多かったのです。無教養な彼らの粗暴な振る舞い、略奪に近い進出ぶりは、地元の人々と激しく衝突し、中国人の印象を著しく悪化させる要因の1つになっています。この戦略は新疆だけでなく、チベット内モンゴルでも同様に行なわれてきました。
経済面でも、新疆は中国によって収奪の対象となりました。中国の狙いは豊かな地下資源です。2013年の訪問でも、舗装された広々とした道路を西から東へ、巨大なトラック群が地響きをたてて通り抜けていく光景に遭遇しました。タクラマカン沙漠から出る石油を中国内地へと運んでいるのです。新疆は石油のほか、天然ガスとウラン、レアアースなどが豊富に採掘される天然資源の宝庫です。