じじぃの「科学・地球_35_世界史と化学・抗生物質ペニシリンの発見」

A HISTORY OF ALCHEMY - A Lecture Presentation by Laurence Caruana

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=SPBa8-_w3Jw

Harry Potter and the Philosopher's Stone

A copy of 'Harry Potter and the Philosopher's Stone' book is selling for US$91,000 because of typos

Who knew committing a spelling mistake could potentially rake in tons of profits.
Just ask these auctioneers who recently sold the first edition of JK Rowling's first book, Harry Potter and the Philosopher's Stone for a whopping US$88,000 (£68,800).
https://sea.mashable.com/article/2980/a-copy-of-harry-potter-and-the-philosophers-stone-book-is-selling-for-us91000-because-of-typos

ダイヤモンド社 絶対に面白い化学入門 世界史は化学でできている 左巻健男(著)

【目次】
1  すべての物質は何からできているのか?
2  デモクリトスアインシュタインも原子を見つめた
3  万物をつくる元素と周期表
4  火の発見とエネルギー革命
5  世界でもっともおそろしい化学物質
6  カレーライスから見る食物の歴史
7  歴史を変えたビール、ワイン、蒸留酒
8  土器から「セラミックス」へ
9  都市の風景はガラスで一変する
10 金属が生み出した鉄器文明
11 金・銀への欲望が世界をグローバル化した
12 美しく染めよ

13 医学の革命と合成染料

14 麻薬・覚醒剤・タバコ
15 石油に浮かぶ文明
16 夢の物質の暗転
17 人類は火の薬を求める
18 化学兵器核兵器
https://www.diamond.co.jp/book/9784478112724.html

『絶対に面白い化学入門 世界史は化学でできている』

左巻健男/著 ダイヤモンド社 2021年発行

13 医学の革命と合成染料 より

染料メーカーと製薬

イギリスのウィリアム・パーキン(1838~1907)にとって、前章で紹介した「モーブ」(葵 アオイの花)の合成が巨大な染料工業を生むことは想像の範囲内であっただろう。だが、染料工業から派生した合成医薬品の大きな発展は想像できなかったかもしれない。
1890年代後半、ドイツには数多くの染料メーカーがあり、競争も激しく市場も飽和しつつあった。バイエルは合成アリザリンの収益をもとに。合成染料から将来性のありそうな化学製品(薬)開発への転換を自社の化学者に命じる。
1897年の夏、バイエルの若い化学者フェリックス・ホフマン(1868~1946)は、ヤナギの樹皮から分離されるサリチル酸(CH3CO-)をくっつけて(ヒドロキシ基-OHのHをアセチル基で置換して)アセチルサリチル酸をつくった。
もともとサリチル酸には解毒鎮痛作用と炎症を抑える作用があった。ただし胃の粘膜を激しく痛めるので医薬品としての価値は低かった。ホフマンはサリチル酸の炎症を抑える作用を維持したまま、胃への障害がなくなることを期待したのだ。
バイエルは、1899年、この粉末を小さな包みに入れて「アスピリン」として販売した。アスピリンの人気が高まり、ヤナギの樹皮やシモツケソウの花からとるサリチル酸では需要を満たすことができなくなると、フェノール(別名、石炭酸)からの合成法に切り替えた。
現在、アスピリンは病気や怪我へのすべての医薬品のなかで、もっともよく使われている。

抗生物質ペニシリンの発見

微生物によってつくられた、微生物や最近の生育を阻止する物質を「抗生物質」という。最初に人体に応用された抗生物質ペニシリンである。1928年、アレキサンダー・フレミング(1881~1955)は偶然に混入したアオカビが、黄色ブドウ球菌の発育を抑える物質を出していることを発見。このカビが出す抗菌性物質を「ペニシリン」と名づけたが、発見当時はあまり注目されなかった。
ペニシリンの研究が再開されたのは1939年頃、ハワード・フローリー(1898~1968)、エルンスト・ボリス・チェイン(1906~1979)らによる。彼らは、戦争(第二次世界大戦)の激化で傷病兵が増えていることから、新しい薬を探していたのだ。1940年には培養液からペニシリンが抽出され、部分精製にも成功。その後、大量生産も可能になり、1944年、イギリス・アメリカの連合軍によってドイツ占領下のフランス・ノルマンディー海岸で行われた侵攻作戦「ノルマンディー上陸作戦」までには広く使われるようになり、多くの傷病兵の命を救った。

錬金術パラケルスス

古代から17世紀までの2千年近くものあいだ、栄えた錬金術錬金術は、紀元後間もない頃に、エジプトのアレクサンドリア、南米、中米、中国、インドで行われていた。いずれの地域でも金属から金を得たいという欲望、病気の治療などが動機になっていたのだ。

錬金術師たちは、「『賢者の石』という物質を使えば、金属を金に変えられる」と信じて、賢者の石をつくり出すために血道を上げた。この石には鉱物の元素も、金属の元素も、霊的な元素も入り込んでいるので、あらゆる生物の病気を治し、健康を維持する万能薬とも考えられた。不老不死の薬でもあった。

錬金術は薬の製造にも使われた。なかでも活躍がめざましかったのがパラケルスス(1493~1541)だ。本名は、テオフラストゥス・フォン・ホーエンハイム。本名の代わりに名乗ったパラケルススというのは「ケルススに勝る」という意味だ。ケルススは1世紀のローマの医者で、当時再発見された彼の著書が医学界で大流行した。
パラケルススは、ケルススの著書の大部分が紀元前4世紀に亡くなったヒポクラテスの著書の焼き直しであることを見抜いた。それならば、自分は彼よりも優れている。つまり、「ケルススに勝る」と名乗るのは当然だと考えたのである。そして、自分の実力を証明しようと、当時の医学の権威にたてついた。
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ラケルスは、治療薬や器具が入ったカバンを携えて町から町へとヨーロッパ中を旅した。彼は「あらゆる金属は水銀と硫黄からつくられる」という錬金術の従来の考えを批判し、水銀と硫黄の他に第3成分として塩(えん)を加えた。この3原則説は、それまでの水銀・硫黄説にほとんど取って代わった。
それまで、ヨーロッパの薬の大部分は植物を原料にしていたが、彼は鉱物の薬も加えて、酸化鉄や水銀、アンチモン、鉛、銅、ヒ素などの金属の化合物をはじめて医薬品として使ったのだ。
現代でもパラケルススが治療に使った化合物は、皮膚病の薬のほか、さまざまな用途に用いられている。