じじぃの「科学・地球_34_世界史と化学・美しく染めよ・インジゴ」

インジゴ (藍青色)

インジゴ indigo コトバンク より

天然藍の主成分。藍青色柱状晶。金属光沢をもつ。
約 300℃で昇華。分解点 390~392℃ (封管中) 。水に不溶。アルカリ性水中で還元すると可溶性のインジゴホワイト (黄色) になり,これに繊維を浸してから空気酸化すると,インジゴが再生され青く染まる。
藍は天然建染め染料の代表であったが,1880年 A.バイヤーが合成してから,合成藍 (インジゴピュア) に取って代られた。

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ダイヤモンド社 絶対に面白い化学入門 世界史は化学でできている 左巻健男(著)

【目次】
1  すべての物質は何からできているのか?
2  デモクリトスアインシュタインも原子を見つめた
3  万物をつくる元素と周期表
4  火の発見とエネルギー革命
5  世界でもっともおそろしい化学物質
6  カレーライスから見る食物の歴史
7  歴史を変えたビール、ワイン、蒸留酒
8  土器から「セラミックス」へ
9  都市の風景はガラスで一変する
10 金属が生み出した鉄器文明
11 金・銀への欲望が世界をグローバル化した

12 美しく染めよ

13 医学の革命と合成染料
14 麻薬・覚醒剤・タバコ
15 石油に浮かぶ文明
16 夢の物質の暗転
17 人類は火の薬を求める
18 化学兵器核兵器
https://www.diamond.co.jp/book/9784478112724.html

『絶対に面白い化学入門 世界史は化学でできている』

左巻健男/著 ダイヤモンド社 2021年発行

12 美しく染めよ より

美しい染料と線維

染料は繊維だけでなく、紙、プラスチック、皮革、ゴム、医薬品、化粧品、食品、金属、毛髪、洗剤、文具、写真などの着色や色素レーザーの発光にも使われている。
ところで、染料には植物や動物から採取される天然染料と、化学的に合成される合成染料がある。19世紀の中頃までは天然染料の時代だった。
天然染料は、植物性染料と動物性染料に分かれる。植物性染料には、ウコン、アカネ、ベニバナ、スオウ(蘇芳)、アイ(藍)、ムラサキグサなどがあり、動物性染料にはコチニール、貝紫がよく知られている。
アイの葉には青色の色素インジゴ(インディゴとも呼ばれる)、アカネの根には紅色の色素アリザリンがふくまれている。古代エジプトのミイラに巻く麻糸もインジゴやアリザリンで染められていたのだ。
アイの葉からのインジゴによる染色は、いまではごく一部で行われているに過ぎない。たとえば、沖縄や奄美大島では、天然の藍染めが行われている。
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古代の海洋国家フェニキアでは、貝を使って紫色の染色が盛んに行われた。それが貝紫だ。ホラガイ、レイシガイなどのアクキガイ科の貝の内臓のパープル腺にある無色ないし淡黄色の分泌液を取り出して繊維にすり付け、空気中で酸化すると、赤味がかった紫色に変化するのだ。
貝紫の製造はフェニキアの港町ティルスで始まったとされ、「ティルス紫」と呼ばれた。ギリシャ神話では英雄ヘラクレスが発見したとされている。飼い犬が貝をかみ砕いたときに口が濃い紫色に染まるのを見たのだ。
貝にふくまれる貝紫は著しく少なく、1グラムの貝紫を得るには約9000個の貝が必要となる。そのため、高価であり、王侯貴族や高僧しか着られなかったので「ロイヤルパープル(帝王紫)」と呼ばれた。今日でも紫は帝王の色であり、王の象徴だ。貝紫をとるために貝があまりにも大量に採取されたため、400年頃絶滅に瀕したという。
アイの葉からのインジゴや貝紫などの天然染料の産業は、合成染料の登場とともに衰退した。
さて、現在でも利用されている天然染料の1つはコチニールである。コチニールは、サボテンに寄生するコチニールカイガラムシという昆虫から抽出した色素だ。エンジムシとも呼ばれ、ペルーやメキシコなど中南米に生息している。
現地の人たちは、マヤ文明やインカ文明の頃から、布織物の染料や口紅など化粧品の材料に用いていた。スペイン人は、新大陸に上陸するとコチニールを専売するようになった。この染料は16世紀から19世紀のあいだ、スペイン、イギリス、植民地時代のアメリカにとって羨望の的だった。なぜならば、自然で鮮やかなピンク色が得られるのはコチニールカイガラムシに限られたからだ。
なお、コチニールは、現在でも染め物、食品の着色(天然着色料として食品添加物になっている)、化粧品および薬品の着色に使われ続けている。コチニールの主要生産国はペルーだ。サボテンプランテーションコチニールカイガラムシを大量に飼育している。

分子設計図による合成

さて、最初の合成染料は、1856年にイギリスのウィリアム・パーキン(1838~1907)による偶然の産物だったが、ドイツのアウグスト・ケクレ(1829~1896)によるベンゼンの構造の解明によって、新しい染料の合成に理論的な見通しが立つようになった。

芳香族炭化水素は、ベンゼン環を持つ炭化水素だ。炭化水素には、ベンゼン環を持たないメタン、エタン、エチレンなどの鎖式炭化水素や、ベンゼン環を持たないが炭素が環状に結びついている環式炭化水素もある。
芳香族炭化水素は、「ベンゼン環が安定しており、ベンゼン環を保持したまま、炭素原子にくっついている水素原子が他の原子や原子団(原子の集まり)と置き換わる反応を受ける」という特徴がある。芳香とはかぐわしい匂いという意味だ。ちなみに、「芳香族」といわれるのは命名当時発見されていた化合物が、芳香を持っているからだ。
パーキンは、コールタールからベンゼンを取り出して「アニリン」をつくり、新しい紫色の染料「モーブ」をつくった。ベンゼンの構造が明らかになると、ベンゼンアニリンの違いがわかる。アニリンは、ベンゼンの水素原子の1つをアミノ基(-NH2)で置き換えたものである。つまり、ベンゼンを出発点にどうしたらアニリンを合成できるかという「分子の設計図」を描くことができるようになったのだ。
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ドイツのアドルフ・フォン・バイヤー(1835~1917)はインジゴの分子構造を決定する研究をもとに、1880年には桂皮酸から「インジゴ」の合成に成功する。アイの染料インジゴは「染料の帝王」と呼ばれ、インドの特産として多量にヨーロッパに輸入されていた。しかし、「合成インジゴ」が市場に出回ると、数百年来独占されていたインドを中心とする全世界のアイ栽培と天然アイ染料工場は破産に追い込まれた。
こうして、19世紀末までに合成染料は、その安さと美しさ、色彩の均一性などで天然染料に打ち勝ったのである。染料の主流は合成染料に変わったのだ。
これらの合成染料は、石炭の乾留成分コールタールからつくられた。汚くて臭い液体で、捨てるほかはなかったコールタールが、貴重な原料としてよみがえるのだから、なんとも面白い。1862年、ロンドンで開かれた万国博覧会では、鮮やかな色合いの合成染料が、汚らしいコールタールと鋭い対照をなして展示されていた。
その後に登場したナイロンなどの合成繊維を染めるのにも適していたため、世界は完全に合成染料の時代になった。

有機化学産業を牽引したドイツ

1860年代以降、世界の染料工業を先導したのはドイツである。ドイツの化学工業は3つの会社を軸に発展した。1つはバーデン・アニリンソーダ製造所(BASF。1865年創業)だ。アリザリンを合成したグレーベとリーバーマンの2人と契約し、アリザリンの商業生産ンを開始した。2つ目はヘキスト(1863年創業)だ。鮮やかな赤色染料アニリンレッド(マゼンタ)、独自の合成法で特許を取ったアリザリン、合成インディゴを生産した。3つ目のバイエル(1863年創業)も合成アリザリン市場に参入していた。
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バイエルは、合成染料の収益で医薬の開発・生産に乗り出し。1900年頃にはアスピリンを売り出した。第一次世界大戦第二次世界大戦のなかで、これら3社は統合されるが、第二次世界大戦後に復活し、現在はプラスチック、繊維、医薬品など有機化学業界で大きな存在感を示している。