じじぃの「歴史・思想_488_大分断・教育の階層化と民主主義の崩壊」

UCL Japan Society - "Your Japan"

動画 YouTube
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Japan Society for the Promotion of Science Fellowship

Japan Society for the Promotion of Science (JSPS) Fellowship- Fully Funded

November 1, 2020 WorldScholarships
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「黄色いベスト」と底辺からの社会運動――フランス庶民の怒りはどこに向かっているのか 明石書店

尾上修悟 (著)
燃料税引上げを契機としてフランスで激化した「黄色いベスト運動」は、組織や政党に頼らず、富と権力を集中させる政府への異議申し立てを行っている。
格差と不平等が広がり「社会分裂」を招いている現代における新たな社会運動と民主主義のあり方を探る。

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『大分断 教育がもたらす新たな階級化社会』

エマニュエル・トッド/著、大野舞/訳 PHP新書 2020年発行

第3章 教育の階層化と民主主義の崩壊 より

社会的分断と家族構造は関係している

私は先ほど、民主主義というのはある歴史の軌道の一時点のことを指すと定義しました。これは普遍的な軌道です。それに加えて、民主主義を決定づけるものがもう1つあります。それを識字率の向上とともに表出してきた。ある地域、国、民衆の思想的気質と、家族構造との関係性です。
実は私は、「民主主義は3つの種類に分けられる」と考えています。それは「フランス・アメリカ・イギリス型」「ドイツ・日本型」「ロシア型」であり、家族構造に由来しています。
まず、「フランス・アメリカ・イギリス型」の民主主義です。例えば、フランスのパリ盆地の農村、つまりフランス革命が起きた場所での家族というのは、核家族個人主義です。そこから生まれた価値観が自由と平等でした。パリ盆地の農民家族には、大人になった子供たちが親に対して自由であるという価値観があり、兄弟間の平等主義という価値観もありました。そのような地盤があった上で、識字率が向上し、その平等と自由の価値観は普遍的な価値観になっていったのです。
次に、「ドイツ・日本型」の民主主義についてです。日本の12世紀から19世紀の間に発展した家族の形というのは、直系家族構造で、そこでは長男が父を継いでいます。ここで生まれた基本的な価値観は、自由と平等ではなく、権威の原理と不平等です。両親の代がその下を監視するという意味での権威主義と、子供がみな平等に相続を受けるわけではないという点から生まれた不平等です。つまり、日本の識字率がある程度のレベルまでいった時点で明らかになった価値観が、権威の原理と不平等だったのです。軍国主義のように権威主義に基づいた形がとられた時期もありました。それはドイツを思い起こさせます。ドイツもまた、イギリスやフランスの価値観を取り込むことに失敗したからです。ドイツは、その家族構造が日本と似通っているのです。
民主主義の種類について最後に付け加えたいのが、「ロシア型」の民主主義です。西洋でしばしば議論の対象になるのが、共産党に続いたロシア政権の本質です。ロシアの基礎にある価値観は、中国と同じで、権威主義と平等主義です。そこに伝統的な宗教の崩壊が起き、共産党が生まれました。現在、ロシア人たちは投票をするようになり、その中で、世論調査が認めるように、彼らは一斉にプーチンに投票しているのです。これは新しいタイプの民主主義と言えます。権威主義と平等主義に合致したタイプの民主主義で、一体主義的な民主主義と言えるでしょう。
ここで、歴史的な観点を忘れてはいけません。ある社会が文化的な発展を遂げる時に、噴出する極端な価値観がある状態と、それから少し落ち着いた時期と混同してはなりません。日本とドイツはそれぞれ戦後に民主的なシステムを築くことに成功しています。しかし、イギリス、アメリカあるいはフランスのような交代制に基づいた民主主義システム(2大政党制)にならなかったのは、こうした理由からです。ドイツや日本のような直系家族制度では、「階層民主主義」が発展しました。そこではもちろん、民主主義的な手続きがあり、人々は自由意志で政治参加をします。しかし人々は権威主義ヒエラルキーに基づく階層の存在を割とすんなり受け入れます。自分たちよりも上に誰かがいるという「不平等の原則」を受け入れる基盤があるのです。

日本型民主主義は教育格差を広げない

前述したように、フランスやアメリカでは「社会の下層部は遅れている」という言説が溢れている一方、日本では、教育レベルの低い人びとを蔑視して語ることはあまりないはずです。この理由はどこにあるのでしょうか。
しばしば非難されるのは、「日本人には自分たちが特別だという意識があり、自民族中心主義思想を持っている」という点です。今、日本の文化は文学や料理、サブカルチャーを筆頭に、世界で敬意を払われるものになりました。日本は平和的でエレガントだと言われます。しかし、昔は人種差別的だと言われたこともありました。そうした印象を与える自民族中心主義思想から、日本は移民はいらない、という考え方も生まれます。これが西洋の考え方と違う点で、日本が非難される理由です。
しかし、こうした思想があるために、日本社会の上層部にいる政治的あるいは文化的なエリートたちはまず、自国の大衆たちに対して近しい感情を抱いているのではないでしょうか。先に述べましたが、他国において社会の上層部にいるエリートたちは必ずしもそうではなく、自分たちは下層の人たち(貧困層や移民など)とは異なっている、と感じている人も多く存在します。
また、日本にも格差の問題はありますが、アメリカやフランスほどではありません。民主主義というものは、ネーション(国民国家)の概念と強く結びついており、国民感情は重要な要素の1つです。

今、次第に顕著になってきているのが、日本のような国民感情が強い直系家族構造の社会の民主主義こそが、教育格差の広がりに抵抗できるタイプの民主主義かもしれないということです。

「黄色いベスト」は大衆とエリートの対立だった

ここでさらに、フランスにおける民主主義について考えてみましょう。2018年、フランスでは「黄色いベスト」という反政府運動が勃発しました。背景には、フランス社会の生活水準が下落を続けているという現状があります。今回特徴的だったのは、この運動の趣旨にフランス国民の70%が賛同したということです。マクロン政権にとっては大打撃でした。私自身は、この運動を評価した数少ない学者の一人です。
黄色いベスト運動の参加者たちは警察の暴力にさらされ、数千人が逮捕されました。多くのけが人も出ました。産業が衰退の一途をたどっているフランス社会の未来は、暴力的なものになりそうです。非常に暗いビジョンですが、今の私にはそう見えているのです。
黄色いベスト運動の参加者たちはほとんどが低所得者層です。そんな彼らをフランス国民の70%が支持しました。
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黄色いベスト運動が始まってしばらくは、メディアでも運動の話題がよく取り上げられ、議論も活発に行なわれていました。私にも出演依頼が来ました。しかしこの国民大討論というのは、まさにジョージ・オーウェルが描いたSF小説(『一九八四年』)の世界でした。大討論が始まってからメディアはマクロン一色となり、テレビではどのチャンネルを回してもマクロンばかりが映っていたのです。だから私はその時点でニュースを見るのをやめました。マクロンは大統領選の時からそうでしたが、土壇場が得意で一人でいつまででも話し続ける能力を持っています。「大討論会」は言論などではなく、フランスは言論の自由がない独裁政権のようになってしまったのです。