じじぃの「歴史・思想_452_デジタル化する新興国・課題先進国・日本」

Tech Innovations for Developing Countries

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『デジタル化する新興国 先進国を超えるか、監視社会の到来か』

伊藤亜聖/著 中公新書 2020年発行

第6章 共創パートナーとしての日本へ より

再定義される「新興国」、そして「先進国」

新興国のなかでデジタル社会化を加速的に実現しつつある国々と、そうでない国々があることにも気が付く。中国、インド、そしてインドネシアといったアジアの人口大国だけでなく、エストニアケニアルワンダといった国々でも注目を集める事例が生まれている。これらの国々は所得水準でも、地域でも1つのグループに入ることはない。しかし、「新興工業国(Newly Industrializing Countries, NICs)の概念を想起すれば、「デジタル新興国(Digital Emerging Economies, DEEs)」という新たな概念を設定することで1つのグループに入ってくる。
もう一歩踏み込んでいえば、「新興国」、ひいては「先進国」の定義自体も質的な変貌を求められる。これまで「発展途上国」「新興国」を議論する際、成長率のほかに、それらの国々の構造変化の原動力にも目が向けられてきた。工業化水準、資源の賦存状況、人口と市場、発展戦略といった面である。今後は、デジタル化を積極的に実現できる国々とそうでない国々、さらにデジタル化の可能性を十分に引き出せる国々と脆弱性を顕在化させてしまう国々に、分化していくかもしれない。経済、都市、あるいは国家の「新興」や「先進性」という意味を考えるうえで、本書で検討してきたようなデジタルな面も考慮する必要が生まれつつある。デジタル化が「新興国」と「先進国」の定義自体を変容させつつある。
バイクタクシーの存在や犯罪率の高さなど、新興国ならではの環境ゆえに、デジタル技術の活用の方向性は先進国とは異なる。そしてスーパーアプリの登場に見られるように、新興国で有効性が確認されたアプローチが、先進国を含み国々に伝播するような事例も一部見られる。新興国もおけるデジタル化のアプローチと経験自体が「横展開」し、また先進国にも「逆輸入」されることを通じて、グローバルなデジタル化のパターン自体も変貌するかもしれない。QRコードを決済に使う発想は、少なくともその技術の発祥の地である日本からは生れなかった。多くの参加者による試行錯誤が革新を生む。
広い意味での新興国のなかでも、デジタル化の進展が比較的緩慢な国々が現れることも不可避だ。本書では、筆者の知見の限界から東アジア、南アジア、アフリカの事例を取り上げるにとどまった。しかし人口規模とインターネット利用時間の面からは、ラテンアメリカのブラジル、メキシコ、コロンビア、アルゼンチンに、そして資金力の面からは中東地域の産油国にも注目が必要である。中東地域では、オイルマネーを振興産業育成に投資することで産業構造の脱石油化を目指す動きが見られる。ドバイを筆頭に資金力を生かしたスマートシティー構想も動く。しかしこれまでのところ、有望な企業の登場は限られるようだ。市場規模、創業環境、資金力の各面で優位性を示すことができない場合には、課題解決と飛び越え型発展の機会をものにすることはできないだろう。

デジタル化の時代に求められること

第1章の図表1-3(新興国論の系譜と日本のアプローチ)に示したように、日本はそれぞれの時代に一定の立脚点を持って、新興国・途上国に関与と貢献をしてきた。工業化の時代には「先進工業国・日本」として、市場の時代には「課題先進国(少子高齢化や成長率の停滞など)・日本」としての立場があった。問題は、「新興国がデジタル化する時代」を設定したとき、日本の役割が不明瞭なことだ。

図表1-3 新興国論の系譜と日本のアプローチ

時期区分      主要論点                日本のアプローチ

                                            • -

2000年代     市場の時代:ミレニアム開発目標MDGs)、    課題先進国としての日本
~2010年代前半  BRICs論、資源・消費市場への注目、グローバル・
         バリューチェーンの広がり
2010年代後半以降 デジタル化の時代:持続可能な開発目標(SDGs)、 求められる新たなアプローチ
         保護主義の台頭、グローバル・バリューチェーン
         の調整、ポピュリズム新型コロナウイルス

アメリカはGAFAを筆頭に巨大IT企業が事業を拡大するなど、すでに民間主導で新興国のデジタル化にも深く関与している。これに対して中国は、アリババ、テンセント、ファーウェイといった企業が事業を拡大しつつあることに加えて、すでに触れた「一帯一路」構想にもデジタル分野が包摂されることで、政策面でも自覚的に関与を強めている。
アフリカでは米中、そして欧州主要国の動きが活発だ。アメリカは政府レベルで、米国国際開発庁(USAID)と米国アフリカ開発基金(USADF)がアフリカのベンチャー企業への支援と投資を行っている。企業レベルでは、グーグルが2019年にガーナ共和国の首都アクラに同社アフリカ初の人工知能(AI)研究所を開設し、マイクロソフトは同年にケニア共和国の首都ナイロビとナイジェリア連邦共和国ラゴスに開発拠点を設置した。中国は、アリババの創業者である馬雲が、国連貿易開発会議(UNCTAD)の若手起業家・中小企業特別顧問を務めているほか、同氏は2018年にはアフリカの企業家育成のための「ネットプレナー賞」を設立している。
    ・
日本は、工業化の時代には工場内の整理整頓を基礎としつつ、部品納入の小口化と高頻度化によって在庫を最小化して、無駄を省き効率性を高める「トヨタ生産方式」があった。そして市場の時代には、新幹線、道路、港湾開発に代表される「質の高いインフラ」が強みとなってきた。しかしデジタル分野では立脚点がいまだ見つかっていない。
本書では、デジタル化が新興国の可能性と脆弱性の両面を増幅する、という見立てから検討を加えてきた。この視座からすれば、日本には可能性と脆弱性の両方に目を向けたアプローチを設計し、実行していくことが望まれる。総論としては、日本は新興国がデジタルによって得られる可能性を拡大し、ともに実現し、同時に脆弱性を補うようなアプローチを取るべきだ。
つまり求められる新たなアプローチとは「共創パートナーとしての日本」である。好奇心と問題意識のアンテナを広げ、日本の技術や取り組みを活かす。同時に新興国に大いに学び、日本国内に還流させる。加えてデジタル化をめぐるルール作りには積極的に参画し、時に新興国のデジタル化の在り方に苦言を呈する。図表1-3に示した過去のアプローチと対比すると、より対等な目線で、共により望ましいデジタル化社会を創る、という姿勢だ。

手を動かし、足を使って

これらのいずれの(新興国への)アプローチをとるにしても、そして仮に日本が社会実装で先進的な取り組みを達成したとしても、必ず求められるものがある。それは新興国のデジタル社会にアンテナを張り、関わっていくことだ。特に有力なイノベーションの拠点となるような新興国の社会実装先進都市(プロトタイプシティーと呼んでよい)への注目が必要となる。工業化の時代には、先端的製品は先進国で開発され、それが輸出された。しかしデジタル化では、本書で検討したように、広大な新興国新たな試行錯誤の現場となり、新たなサービスの苗床となる。継続的に新たな実証実験に関わっていくためには、少数の大企業による関係構築では不十分である。開花の可能性は特定企業や分野に限定されないからだ。
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振興国のデジタル化の現場は、グローバルなコミュニケーションでもある。現地の技術者、そして諸外国から来たエンジニアや起業家ともつながることで、未知なる社会が出現する場面に遭遇できるかもしれない。現地の有力ベンチャー企業はグローバルな成長機会を探っているだろう。また現地の政府も先進事例を欲している。特に新興国における農村やジェンダーの問題を考えていくうえで、デジタル化は新たなツールとなりうる。こうした事例が日本にも還流していく。これまで日本人が強みとしてきたのは手を動かし、足を使うことだった。デジタル化の時代にも、手に動かして新しいサービスを使ってみて、足を使って体験していくことが求められる。