じじぃの「歴史・思想_438_人新世の資本論・おわりに・たったひとりのストライキ」

WATCH: Greta Thunberg's full speech to world leaders at UN Climate Action Summit

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=KAJsdgTPJpU

Greta Thunberg

『人新世の「資本論」』

斎藤幸平/著 集英社新書 2020年発行

おわりに――歴史を終わらせないために より

マルクスで脱成長なんて正気か――。そういう批判の矢が四方八方から飛んでくることを覚悟のうえで、本書の執筆は始まった。
左派の常識からすれば、マルクスは脱成長など唱えていないということになっている。右派は、ソ連の失敗を懲りずに繰り返すのか、と嘲笑するだろう。さらに、「脱成長」という言葉への反感も、リベラルのあいだで非常に根強い。
それでも、この本を書かずにはいられなかった。最新のマルクス研究の成果を踏まえて、気候危機と資本主義の関係を分析していくなかで、晩年のマルクスの到達点が脱成長コミュニズムであり、それこそが「人新世」の危機を乗り越えるための最善の道だと確信したからだ。
本書を最後まで読んでくださった方なら、人類が環境危機を乗り切り、「持続可能で公正な社会」を実現するための唯一の選択肢が、「脱成長コミュニズム」だということに、納得してもらえたのではないか。
前半部分で仔細に検討したように、SDGsグリーン・ニューディールも、そしてジオエンジニアリングも、気候変動を止めることはできない。「緑の経済成長」を追い求める「気候ケインズ主義」は、「帝国的生活様式」と「生態学帝国主義」をさらに浸透させる結果を招くだけである。その結果、不平等を一層拡大させながら、グローバルな環境危機を悪化させてしまうのだ。
資本主義が引き起こしている問題を、資本主義という根本原因を温存したままで、解決することなどできない。解決の道を切り拓くには、気候変動の原因である資本主義そのものを徹底的に批判する必要がある。
しかも、希少性を生み出しながら利潤獲得を行う資本主義こそが、私たちの生活に欠乏をもたらしている。資本主義によって解体されてしまった<コモン>を再建する脱成長コミュニケーションの方が、より人間的で、潤沢な暮らしを可能にしてくれるはずだ。
それでも資本主義を延命させようとするなら、気候危機がもたらす混乱のなか、社会は野蛮状態に逆戻りすることを運命づけられている。冷戦終結直後にフランシス・フクヤマは、「歴史の終わり」を唱え、ポストモダンは、「大きな物語」の失効を宣言した。だが、その後の30年間で明らかになったように、資本主義を等閑視した冷笑主義の先に待っているのは「文明の終わり」という形での、まったく予期せぬ「文明の終わり」である。だからこそ、私たちは連帯して、資本に緊急ブレーキをかけ、脱成長コミュニズムを打ち立てなければならないのである。
ただ、そうはいっても、私たちは資本主義の生活にどっぷりつかって、それに慣れ切ってしまっている。本書で掲げられた理念や内容には、大枠で賛同してくれても、システムの転換というあまりにも大きな課題を前になにをしていいかわからず、途方に暮れてしまう人が多いだろう。
もちろん、資本主義と、それを牛耳る1%の超富裕層に立ち向かうのだから、エコバッグやマイボトルを買うというような簡単な話ではない。困難な「闘い」になるのは間違いない。そんなうまくいくかどうかもわからない計画のために、99%の人たちを動かすなんて到底無理だ、としり込みしてしまうかもしれない。
しかし、ここに「3.5%」という数字がある。なんの数字かわかるだろうか。ハーヴァード大学政治学者エリカ・チェノウェスの研究によると、「3.5%」の人々が非暴力的な方法で、本気で立ち上がると、社会が大きく変わるというのである。
フィリピンのマルコス独裁を打倒した「ピープルパワー革命」(1986年)、大統領のエドアルド・シュワルナゼを辞任に追い込んだグルジアの「バラ革命」(2003年)は、「3.5%」の非暴力的な市民不服従がもたらした社会変革の、ほんの一例だ。

そして、ニューヨークのウォール街占拠運動も、バルセロナの座り込みも、最初は少人数で始まった。グレタ・トゥーンベリの学校ストライキなど「たったひとり」だ。「1%vs.99%」のスローガンを生んだウォール街占拠運動の座り込みに本格的に参加した数も、入れ代わり立ち代わりで、数千人だろう。

    ・
これまで私たちが無関心だったせいで、1%の富裕層・エリート層が好き勝手にルールを変えて、自分たちの価値観に合わせて、社会の仕組みや利害を作りあげてしまった。
けれども、そろそろ、はっきりとしたNOを突きつけるときだ。冷笑主義を捨て、99%の力を見せつけてやろう。そのためには、まず3.5%が、今この瞬間から動き出すのが鍵である。その動きが、大きなうねりとなれば、資本の力は制限され、民主主義は刷新され、脱炭素社会も実現されるに違いない。
本書の冒頭で「人新世」とは、資本主義が生み出した人工物、つまり負荷や矛盾が地球を覆った時代だと説明した。ただ、資本主義が地球を壊しているという意味では、今の時代を「人新世」ではなく、「資本新世」と呼ぶのが正しいのかもしれない。
けれども、人々が力を合わせて連帯し、資本の専制から、この地球という唯一の故郷を守ることができたなら、そのときには、肯定的にその新しい時代を「人新世」と呼べるようになるだろう。本書は、その未来に向けた一筋の光を探り当てるために、資本について徹底的に分析した「人新世の資本論」である。
もちろん、その未来は、本書を読んだあなたが、3.5%のひとりとして加わる決断をするかどうかにかかっている。