じじぃの「歴史・思想_434_人新世の資本論・ムーアの法則」

Keeping Up With Moore’s Law

Nevermind Moore’s Law: Transistors Just Got A Whole Lot Smaller

OCTOBER 8TH 2016 HARD SCIENCE
●The Smaller, The Better
Transistors are semiconductors that work as the building blocks of modern computer hardware.
Already very small, smaller transistors are an important part of improving computer technology. That’s what a team from the Department of Energy’s Lawrence Berkeley National Laboratory managed to do, according to a study published in the journal Science.
https://futurism.com/nevermind-moores-law-transistors-just-got-a-whole-lot-smaller

『人新世の「資本論」』

斎藤幸平/著 集英社新書 2020年発行

第5章――加速主義という現実逃避 より

「人新世」の資本論に向けて

ここまでの議論で明らかになったように、気候危機の時代に、必要なのはコミュニズムだ。
拡張を続ける経済活動が地球環境を破壊しつくそうとしている今、私たち自身の手で資本主義を止めなければ、人類の歴史が終わりを迎える。資本主義ではない社会システムを求めることが、気候危機の時代には重要だ。コミュニズムこそが「人新世」の時代に選択すべき未来なのである。
しかし、コミュニズムとひとくちにいっても、さまざまなものがある。本書は、晩年のマルクスの到達点と同じ立場を取って脱成長型のコミュニズムを目指す。だがそれに対して、経済成長をますます加速させることによって、コミュニズムを実現しようという動きもある。それが、近年、欧米でも支持を集めている「左派加速主義」(left accelerationism)だ。
率直にいって、「加速主義」は晩期マルクスの到達点を知らずに突き進んだ異物にすぎない。「生産力至上主義こそがマルクス主義の真髄である」という150年あまり続いた誤解の産物が「加速主義」なのだ。しかし、環境危機を憂う人々のあいだで、その可能性が真剣に議論されているのである。
ここからは、この「加速主義」を反面教師として検討・批判していきたい。そうすることで、晩年のマルクス、そして本書の目指す脱成長コミュニズムの姿がよりイメージしやすくなるはずだ。
これが、この5章の狙いである。

加速主義とはなにか

加速主義は、持続可能な成長を追い求める。資本主義の技術革新の先にあるコミュニズムにおいては、完全に持続可能な経済成長が可能になると主張するのだ。
例えば、イギリスの若手ジャーナリスト、アーロン・バスターニはこの可能性を追求して、「完全にオートメーション化された豪奢なコミュニズム」(fully automated luxury communism)を提起し、人気を博している。
そんなバスターニも気候変動が人口増加と並んで、21世紀における文明レベルでの危機的事態だと指摘する。とりわけ、途上国の人口増加と経済発展は、さまざまな資源消費量や、耕作しなくてはならない土地面積を増やし、地球に負荷をかける。これは、気候危機にとって取り返しのつかない事態を引き起こしかねない。とはいえ、途上国の人々に対して、現在の暮らしで我慢しろと言うわけにもいかない。ここに、既存の環境運動の困難があるとバスターニは考える。
ここまでは本書と共通する問題意識である。けれども、その先の見解は大きく異なる。近年著しい発展を見せている一連の新技術を利用すれば、こうした問題は一挙に解決できると、彼は考えているのだ。
バスターニによれば、現在生じている技術革新は、農耕の開始や化石燃料の使用に匹敵する、人類史上の歴史的転換点だという。
牛を育てるのには、膨大な面積の土地が必要となるが、どうするか? 工場で生産で生産される人口肉で交替すればいい。では、人々を苦しめる病気はどうするか? 遺伝子工学によって解決可能である。オートメーション化は、人間を労働から解放してくれるが、ロボットを動かすための電力はどう確保するのか? 無限で、無償の太陽光エネルギーでまかなえはいい!
たしかに、リチウムやコバルトのようなレアメタルが地球上に存在している量は限られている。だが、バスターニによれば、それも心配無用だ。なぜなら、宇宙資源採掘の技術が発達すれば、地球のまわりにある小惑星から資源が採掘可能になるからである。バスターニにとっては、自然的限界など存在しない。

もちろん、これらの技術は現段階では汎用性はなく、商業化しても、採算はあわない。それでも、彼は楽観的である。「ムーアの法則」による指数関数的な技術開発のスピードによって、近いうちに、これらの技術が実用化されるようになると予測するのだ。

別の潤沢さを考える

さて、なぜバスターニの加速主義を長々と扱ったかといえば、彼の議論の問題点が、私たちの抱える課題を明確化してくれるからである。つまり、想像力を取り戻すためには、「閉鎖的技術」を乗り越えて、GAFAGoogleAmazonFacebookAppleの4社の総称)のような大企業に支配されないような、もっと別の道を探らなくてはならないのだ。
そのためにまず必要なのは、「開放的技術」である。「閉鎖的技術」がもたらすトップダウン型の政治主義の誘惑に打ち克ち、人々が自治管理の能力を発展させることができるようなテクノロジーの可能性を探らなくてはならない。
そして、バスターニは、少なくとも、「潤沢さ」が資本主義にとって危険であること、逆にコミュニズムにとって鍵となる概念だということを示してくれた。市場の価格メカニズムは、希少性に基づいており、「潤沢さ」は、このメカニズムを攪乱するのである。
だが、本当に資本主義に挑もうとするなら、「潤沢さ」を資本主義の消費主義とは相容れない形で再定義しなくてはならない。これまで通りの生活を続けるべく、指数関数的な技術発展の可能性に賭けるのではなく、生活そのものを考え、そのなかに新しい潤沢さを結びつけるのをやめ、脱成長と潤沢さを真剣に考える必要がある。
新たな潤沢さを求めて、現実に目を向けてみよう。すると気がつくはずだ。世の中は、経済成長のための「構造改革」が繰り返されることによって、むしろ、ますます経済格差、貧困や緊縮が溢れるようになっている、と。