Embryological Development of Pharynx & Larynx
舌を支える舌骨
ネアンデルタール人の会話能力は現代人とほぼ同じだった
北の国から猫と二人で想う事
イスラエルのケバラ洞窟(Kebara Cave)で1989年に出土した約6万年前のネアンデルタール人Neanderthalの化石Kebara Ⅱから採取した、舌を支える舌骨hyoid bone化石の3D X-ray分析等により,現代人と同様の機能があったと事が分かったと発表され、今回の研究結果から、改めて現代人と同じ様な複雑な会話能力を持っていた可能性が高いとされた。
http://blog.livedoor.jp/nappi11/archives/3964789.html
『言語の起源 人類の最も偉大な発明』
ダニエル・L・エヴェレット/著、松浦俊輔/訳 白揚社 2020年発行
舌で話す より
まず、ホモ・サピエンスの言語を理解するには喉頭の理解が欠かせない。喉頭のおかげで人類は、人の言語音を発音できるようになっただけでなく、抑揚をつけたり音高を用いたりして、発話のどの部分が新しい話で、何が古く、とくにどこが重要で、人が何かを訪ねているのか、あるいは何かを述べているのかといったことを示せるようにもなったのだ。喉頭は、肺からの気流を操作して発声にするところであり、人間の言語音声の音を生むために必要なエネルギー、筋肉、気流が合流するところである。
喉頭は気管のてっぺんにある小さな変換器で、その上には喉頭蓋と呼ばれる、ぱたりと閉じて、食べ物や液体が喉頭を通って肺に入るという危険な事態を防ぐ部分がある。画像参照。
言語音声の進化を研究する人全員が合意する点が1つある。それは、われわれの音声生成は、言語音声知覚と一体になって進化したとする考え方だ。イェール大学のクレリンがその先駆的な研究で述べたところでは、「伝播通信容量と知覚感度のチューニングの間には正確な合致が見られる傾向がある」あるいは、「明瞭な言語音声を持っているということは、産出と知覚の両方が互いに対して調節されていて、つまりは大量の言語音声情報を伝えるパラメータが、産出と知覚の両方に最適化されていることを意味する」ということになる。言い換えると、耳と口は、何百万年もの間ともに進化してきただけに、一緒になってうまく働くということだ。
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スペクトログラム(音声などを分析するときに使われるツール。横軸を時間、縦軸を周波数として、周波数特性の時間変化を濃淡表示したものになっている)には、母音のフォルマントの周波数が示めされている(へルツで表される)。驚くべきことは、われわれが言語音どうしの周波数の違いを聞き分けることだけではない。フォルマントをこれほど的確に生み出したり知覚したりするにもかかわらず、それを自覚することなくこなしていることだ。これは暗黙知のようなもので、そのため言語学者は、こうした能力は学習されるのではなく生まれつきのものだと考えるようになる。そして確かにそこには生まれつきの面もある。人間の口と耳は、自然淘汰のおかげでぴったりの組み合わせになっている。
ただ、音が耳や脳で生理学的にどう解釈されるかについてはほとんどわかっていないので、聴覚音声学、つまり聞くことの生理学については詳細な議論ができない。しかし音響学や調音は、こうした能力がどう進化したかの下地には十分なりうる。
言語体系が運用言語に先行するというのが正しいとすれば、ホモ・エレクトゥスがシンボルを考えついてG1(初期文法)言語に達しながらも、人類の最高水準の言語音声能力を得ることはできなかったという予想がつく。そして事実、エレクトゥスはそうした能力を持っていなかった。その喉頭は人間よりも類人猿に近く、ネアンデルタール人は比較的現代人ふうの喉頭を持っていたが、実のところエレクトゥスはそれよりもはるかに遅れていた。
エレクトゥスの発生器とサピエンスの発生器との主な違いは、舌骨と、喉頭の中央にある気嚢(きのう)のようなホモ属以前のなごりにあった。
テカムセ・フィッチは気嚢が人間の発生に関係があることを早くに指摘した生物学者の一人だった。気嚢の影響によって、エレクトゥスが出す音はサピエンスほど明瞭ではなかっただろう。エレクトゥスが気嚢をもっていたという証拠は、運良く見つかった舌骨の化石にある。舌骨は喉頭の上にあって、組織と筋肉の連結を介してそれを留めている。人間は、喉頭を舌骨につなぐ筋肉を緊張させたり緩めたりすることによって喉頭を上げ下げして、F0(周波数のレベル0)をはじめとする言語音声の各側面を変えることができる。これに対してエレクトゥスの舌骨には、舌骨を留める付属物の場所がない(エレクトゥスよりも新しいホモ属の化石にも見つかっていないが)。違いはそれだけではない。エレクトゥスとサピエンスの発生器は大きく異なるため、クレリンは「この声道は基本的に類人猿的だと私は判断する」と結論している。
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人間の乳児は、声の面では他の霊長類とだいたい同じように一生を始める。子どもの喉頭から上の声道(Supralaryngeal vocal tract [上喉頭声道]、つまりSVT)の解剖学的構造は、チンパンジーのそれと非常によく似ている。人間の新生児が呼吸するとき、喉頭が上がって鼻につながる経路(鼻咽頭道)に押し込まれる。これによって、気管に母乳など新生児の口に入るものが流れ込まないように蓋をする。こうして赤ちゃんは窒息せずに食べて呼吸することができる。チンパンジーも同様だ。
成人になると、この利点がなくなる。人間は成長するにつれて声道が長くなる。口は短くなり、咽頭(のどにおける、口のすぐ奥、喉頭や器官や食道の上の部分)は長くなる。その結果、大人の喉頭は口に対して高く上がらなくなり、落ちてくる食べ物や飲み物にさらされたままになる。前にも言ったとおり、こうしたものが気管に入ると窒息死することもある。したがって、舌、喉頭、喉頭蓋と呼ばれる小さな蓋、食道括約筋(食道をとりまく筋肉)を細かく調節して、食べるときに窒息しないようにする必要がある。食べ物をほおばったままで話すことは注意して避けるようにすべきだ。話しながら食べると命取りになったり、重大な問題をもたらしたりする。人間は、どうやらチンパンジーや新生児にある利点を失ったらしい。
しかしそのことは困るばかりではない。人間の発声器に対する変化はすべて挙げるには多すぎるし、話が専門的になりすぎるので、ここでは細かく触れないが、結局のところこうした発達の結果として、われわれはホモ・エレクトゥスよりも明瞭に話せるようになった。