じじぃの「歴史・思想_360_ユダヤ人の歴史・エピローグ・特別な民」

Trailer | The Story of the Jews | PBS

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=CjoH6oP3D2Y

Are the Jews Still God’s People?

ユダヤ人の歴史〈下巻〉』

ポール ジョンソン/著、石田友雄/監修、阿川尚之/訳 徳間書店 1999年発行

エピローグ より

ヨセフスは、自著『ユダヤ古代史』の中で、アブラハムを「非常に聡明」な、「同時代人の誰よりも高い道徳基準を抱いた人」と描写している。それゆえアブラハムは「人々が当時神について有していた認識を根底から変革しようと、決意したのである」。4000年にわたるユダヤ人の歴史を総括する1つの方法は、もしアブラハムが知恵ある人でなかったら、人類に何が起こったかを考えてみることだろう。もしアブラハムがウルに留まり自分の道徳思想を他の人に明かさなかったとしたら、そして確固たる性格をもつユダヤ民族が誕生したなかったらば、どうなっていただろう。
ユダヤ人のいない世界は、われわれがこうして生きている世界とは、まったく異なった場所になっていたはずだ。人類はユダヤ人の得た洞察を、遅かれ早かれ結局すべてわがものとしたかもしれない。でも確かにそうできたかどうかは、わからない。知識人が成し遂げた思想上の偉大な発見は、いったんわかってしまえばすべて当たり前で、それしかありえないように思える。しかし最初にその当たり前のことを明らかにし記述するのは、特別な天賦(てんぷ)の才が必要なのである。ユダヤ人は、この才能に恵まれていた。

神が与えた律法と人が制定した法律と、その両方の下での平等、生命の神聖と人格の尊厳、個人の良心と人間一人ひとりの救済、集団的良心と社会的責任、抽象的理念としての平和と、正義の基礎たる愛、その他基本的な道徳観念の数々。これらの思想は、すべてユダヤ人が編み出したものである。もしユダヤ人がいなければ、この世はもっと空虚なものであっただろう。

他の何にもまして、ユダヤ人は、未知の現象を合理的に理解し説明する方法をわれわれに教えた。

その結果が一神教であり、唯一の神を信じる3つの偉大な宗教である。これらの宗教がうまれなかったら、世界がどのようになっていたか、想像することさえ難しい。しかも未知の現象の探求は、唯一神の思想に到達したところで留まるものでなかった。実際に一神教自体、人々が神を捨て去るに至る長い道程の一里塚に過ぎなかったとさえ言えよう。最初ユダヤ人は、合理的思考によって、偶像の数々をただ一つの絶対的存在にまで高めた。そしてそこから、唯一の神の存在を合理的思考によって否定する過程が始まったのである。
歴史全体を最終的に俯瞰(ふかん)すれば、アブラハムモーセより、スピノザの法が重要だと思えるようになるかもしれない。ことほどさように、ユダヤ人が人類に与えた影響はまことに多様であり、絶え間なく変化を遂げてきた。古代において、彼らは宗教と道徳の大いなる改革者であった。ローマ帝国滅亡後の暗黒時代とヨーロッパ中世初期には、ユダヤ人はまだ先進的な立場にあって、残された貴重な知識や技術を伝承する役割を果たした、その後しだいに時代からとり残され、18世紀の終わりになると文明開化の流れに逆らう頑迷で蒙昧(もうまい)な遅れた人々とみなされるようになる。ところがその後、驚くべき創造力の爆発が再び起こった。ゲットーの束縛を脱し、今後は世俗的分野で、人類の思考形態に再度改革をもたらすのである。現代世界の精神的枠組みもまた、その多くがユダヤ人の創作になるのである。
ユダヤ人はしかし、単なる改革者ではなかった。彼らはまた、さまざまな状況に置かれた人間の模範であり縮図であった。
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全人類のため先に立って進む役にユダヤ人社会が任じられたことを、彼らはすでによく知っていた。ユダヤ人が直面するさまざまな葛藤、事件、そして災禍が、彼ら自身よりも人類全体にとってさらに大きな意味をもち、他の人々の模範となるべきものであることは、きわめて自然であった。何千年にもわたって、ユダヤ人が他に類を見ない説明のしようがないほどの憎しみを受けたこともまた、残念ではあるが不思議ではなかった。とりわけ古代に活躍した民族の多くが姿を変え、あるいは歴史の忘却のかなたに消え去った中にあって、ユダヤ人だけが今に至るまで生き延びるであろうことは最初から予想されていた。
そもそもそれ以外の道をありえただろうが、神がそう望み給(たま)い、ユダヤ人がそれに従ったのである。歴史家の、神の意図など存在するはずがないと言うだろう。そうかもしれない。しかし歴史にそのような力が働いていることを強く信じ、何があってもその信念をゆるがすことがなければ、その確信自体が力となる。歴史の転換を促し、歴史を前へ進める原動力となる。ユダヤ人は自分たちが特別な民であることに疑義を抱かず、熱情的に信じてきた。そしてそれが何千年も続いた結果、本当に特別な民となった。彼らが特別な役割を有しているのは、自らその役割を自分たちに課したからである。もしかすると、これからがユダヤ人の歴史を理解するための鍵であるのかもしれない。