じじぃの「歴史・思想_318_ユダヤ人の歴史・預言者イザヤ」

Isaiah 62 Hebrew Scripture Song

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=EyCQa32juQU

Who Was Isaiah?

Who Was Isaiah?

●Meet Isaiah
Although Elijah, Elisha, and other great prophets preceded Isaiah, he stands out as one of the most prominent in Jewish history.4 The Book of Isaiah comprises a full 66 chapters-the largest of all the prophetic works in the Biblical canon-and his words are cited extensively throughout the Talmud and Midrashic works.
https://www.chabad.org/library/article_cdo/aid/4333606/jewish/Who-Was-Isaiah.htm

旧約聖書に預言されたキリスト

ウィキペディアWikipedia) より
旧約聖書においてキリスト(ヘブライ語でメシア)のことを指し示していると、伝統的解釈において指摘されている預言である。
イザヤ書 7章14節  イザヤ 7:14
 キリストが処女から生まれることを預言。
イザヤ書 9章6節  イザヤ 9:6
 キリストの誕生の預言。
イザヤ書 11章1~5節、10節  イザヤ 11:1
 キリストが「エッサイの根株」つまり、エッサイの系列、ダビデの子孫から生まれ、どのような者となるか、ということが預言されている。(エッサイはダビデの父)
イザヤ書 53章  イザヤ 53:1
 キリストの受難を預言した箇所。

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ユダヤ人の歴史〈上巻〉』

ポール ジョンソン/著、石田友雄/監修、阿川尚之/訳 徳間書店 1999年発行

原理主義宗教改革 より

紀元前701年、アッシリアセンナケリブの激しい包囲網攻撃を、エルサレムは耐え抜いた。窮地脱出を可能としたのは、新しい城壁や貯水池ではなく、アッシリア軍の陣営で突如発生した腺ペストである。ギリシャの歴史家ヘロドトスが、のちに鼠(ねずみ)によってもたらされたこの伝染病に言及している。列王記下はこれを奇跡ととらえた。「その夜主の使いが出て、アッシリア人の陣営で18万5000人を撃った。朝早く起きてみると、皆死体となっていた」(列王記下19章35節)。ユダの統治者たちは国の安全を確保するため、近隣の小国家や、巨大ではあるもののすっかり弱体化してしまったエジプトと同盟を結んだ。「折れかかっている葦(あし)」であり「人がそれに寄りかかると、その手を刺し通す」(列王記下18章21節)とアッシリア人があざけった国である。
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すべての偶像は破壊された。高き所は閉鎖となり、異教、異説、異端の祭司は虐殺される。この原理主義的な改革は、過ぎ越しの祭りを国民一同で厳粛に祝うことによって頂点に達する。エルサレムでかつて一度もみられなたことのない盛大な祭りであった。こうして皮肉なことに、民族の宗教の根源へ戻る運動は、ソロモンがなかば異教風の制度として導入したエルサレム神殿に、大きな意義をもたらせる結果を生んだ。祭司の力は飛躍的に高まった。そして神殿は民族全体にとって、あるいは少なくとも公的な宗教的権威の源となったのである。

個人の良心に訴えたイザヤ より

しかし、運命の定めに恐れおののくこの時代にあって、第2の非公式な考え方が表明され始める。それは救済をまったく異なる方向に求め、最終的には真実だと受けとめられた思想である。すでにホセアが愛の力について記し、人々に改心を呼びかけていた。ホセアより年少の南部人として同時代に活躍したイザヤは、この考え方を一歩推し進める。北王国の滅亡がもはや避けがたくなった時代に、イザヤは生きた。聖書に登場する他の英雄的人物の多くと異なり、イザヤは貧しい家の生まれではなかった。バビロニア・タルムートの伝承によれば、ユダ王アマツヤの甥であった。それにもかかわらず、イザヤの思想は民衆の立場に立つ、あるいはその立場を尊重するものであった。軍隊や城壁、王や壮麗な神殿の効果をまったく信じない。
イザヤ書は、イスラエルの宗教が精神的な高まりを見せ、特定の時代と空間を離れて、より普遍的な境地を目指し始める重大な転機を示している。この書物は2つの部分に分けられる。1章から39章までは、紀元前740年から700年までの、イザヤの生涯と預言者としての活動を綴ったものである。40章から66章までは、第2イザヤと呼ばれ、もっと後の時代の作品である。両者間の歴史的関係は明らかではない。しかしその思想の発展は、不自然さを感じさせない。

イザヤは最も著名な預言者であっただけではない。旧約聖書の中で間違いなく最良の書き手であった。すばらしい説教をする一方で、自分の言葉を書き物として残したようである。イザヤ書が文書として編纂されたのは非常に古く、聖なる書物の中で、これほど愛読され続けたものはほとんど他にない。

第二次大戦後クムランで発見された死海文書の中にも、イザヤ書全体をヘブライ語で50欄にまとめて書き写した、23フィートもの長さに達する皮の巻き物がある。これは現存する古代の聖書写本の中で、最もよく保存され、最も長いものである。
初期のユダヤ人は、鮮烈な描写をちりばめたイザヤの火花が出るような散文を愛好した。多くが、後のあらゆる文明の文芸に取り入れられている。しかし言葉そのものより、その思想のほうがさらに重要であった。イザヤは人類に新しい道徳的境地を自覚させようとして、力を尽くしたのである。
イザヤが取り上げる主題は、すべて互いに関連している。ホセアと同じように、来たるべき破局を警告した。彼は繰り返し尋ねる。「見張りの者よ、今は夜の何どきか。見張りの者よ、今は夜の何どきか」(イザヤ書21章11節)。おろかな者は気づこうとしない。そして言う。「食べよう、飲もう、明日は死ぬのだから」(22章13節)。
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イザヤ書の後半には、新しい人物像が出現する。この人物は前半で語られた救い主の姿と結びつけられているように見える。すなわち「苦難の僕(しもべ)」である。

彼は自ら犠牲となることによって全民族の罪を清める。また、民族の罪を一身に背負い、使命が勝利のうちに成就することことを指し示し、そのことを自らの人格において体現している。この「苦難の僕」の姿はイザヤ自身の声と運命を彷彿とさせ、それゆえにイザヤ書の前半と後半は、2世紀以上もの時を隔てて書かれているにもかかわらず、一貫した内容を保っている。
全体的に捉えれば、イザヤ書の意義は、ヤハウェ宗教に顕著な成熟をもたらしたことにあろう。いま問題とされるべきは正義であり審判である。国々の裁き、個々人の魂の裁きである。特に第2イザヤは、信仰を抱き続ける主体が部族や民族とは切り離された個人であると強調する。エリヤだけではなく、われわれ一人ひとりすべてが、良心の「静かな細い声」を聞く。これらはすべて、個人という新しい観念の発見の一部である。人類が自らについて知る過程の、巨大な一歩でもあった。やや遅れてギリシャ人も同じ方向に歩み始める。しかしわれわれがほどなくユダヤ人と呼ぶようになるイスラエル人は、そのさきがけをなす人々であった。
その上ギリシャ人とは異なり、イザヤの感化が強く受けたイスラエル人は、純粋な一神教の方向へ進んでいった。聖書の初期の文書には、ヤハウェが唯一の神というよりは、他の神々の縄張りで行動できる。最も力ある神として描かれている箇所が、たくさんある。これに対し、第2イザヤは他の神の存在をすべて否定する。ただ単に風習としての礼拝においてだけでなく、理論的観念的にありえないとするのである。「わたしははじめてであり、わたしは終りである。わたしのほかに神はない」(44章6節)。
さらに神の普遍性、偏在、そして全能が、明確に語られる。歴史を通じて、神は森羅万象を動かす力である。万物を動かす唯一の力である。神は宇宙を想像した。神は宇宙を治め、終末をもたらす。イスラエルは神の計画の一部である。それだけではない。すべての者が神の計画の一部である。もしアッシリア人が攻撃してくるのであれば、それは神の命じるところである。もしバビロン人がこの民を捕囚して連れ去るのであれば、それもまた神の意志である。モーセによって興(おこ)された荒野の宗教は、こうして洗練された世界宗教に変貌しはじめる。人間すべてが答えを求めて帰依(きえ)することのできる宗教となるのである。