じじぃの「歴史・思想_269_ハラリ・21 Lessons・ナショナリズム」

Bride of Frankenstein Kinectic Typography Animation

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=aYTKWBAhRME

Frankenstein Meets The Wolfman

『21 Lessons』

ユヴァル・ノア・ハラリ/著 柴田裕之/訳 2019年発行

7 ナショナリズム――グローバルな問題はグローバルな答えを必要とする より

全人類は今や単一の文明を構成しており、すべての人が共通の難題と機会を分かち合っている。それにもかかわらず、イギリス人、アメリカ人、ロシア人をはじめ、無数の集団がナショナリズムに基づく孤立をしだいに支持するようになっている。これは、私たちのグローバルな世界が抱える前例のない問題の数々の解決策になりうるだろうか?
この疑問に答えるために、まず指摘しておかなければならないが、今日の国民国家は、人間の生態の不変の要素ではないし、人間の心理の避けようのない産物でもない。5000年前には、イタリア人もロシア人もトルコ人もいなかった。たしかに人間は根っからの社会的動物で、遺伝子には集団への忠誠心が刻みつけられている。とはいえ人類は何百年にもわたって、大きな国民国家ではなく小さくて親密なコミュニティで暮らしてきた。
やがてホモ・サピエンスは、大規模な協力の基盤として文化を使うことを学んだ。それが私たちの種としての成功のカギを握っている。だが、文化は柔軟だ。したがって、アリやチンパンジーとは違い、サピエンスはさまざまな形で自らを組織し、変化する状況に適応できる。国民国家は、サピエンスのメニューに載っている選択肢の1つにすぎない。他の選択肢としては、部族、都市国家、帝国、教会、企業などがある。将来は、何らかの種類のグローバルな連合組織の構築さえ可能になるかもしれない。ただしその組織は、十分強力な文化基盤を持っていなくてはならないが、人々が一体感を持ちうる集団の大きさには上限がないようだ。現在の国家のほとんどには、1万年前の世界の全人口よりも多い人が暮らしている。
人々が国民国家のような大きな共同体をわざわざ構築したのは、小さな部族では対処できないような難題と機会に直面したからだ。何千年も前にナイル川沿いに暮らしていた古代の部族を例に取ろう。ナイル川は彼らの生命の源だった。畑を潤し、交易を支えた。だがそれは、気まぐれな盟友だった。雨が少な過ぎると、人々は飢え死にした。雨が多すぎると、ナイル川は土手を越えてあふれ、集落をまるごといくつも破壊した。どんな部族も単独ではこの問題を解決できなかった。なぜなら、各部族は川のほんの一部分を支配しているだえで、動員できる労働者はせいぜい数千人だったからだ。協力して巨大なダムを建設し、何百キロメートルにも及ぶ水路を掘って初めて、強大なナイル川を抑え込み、利用することを望みえた。それが一因で、さまざまな部族が少しずつ融合して単一の国家となり、ダムや水路を建設したり、ナイル川の流れを調節したり、不作の年に備えて穀物を蓄えておいたり、輸送とコミュニケーションの全国的なシステムを確立したりする力を手に入れた。
そのような利点があったとはいえ、部族や氏族をまとめて単一の国家に変えるのは、古代でも今日でも、けっして容易なことではない。なぜならナショナリズムには2つの面があり、一方は簡単だがもう一方はとても難しいからだ。簡単なのは、じぶんたちのような人々をよそ者よりも好むことで、人類はそれを何百年もやってきた。外国人嫌いは、私たちのDNAに組み込まれている。
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じつは、ナショナリズムの答えはない。気候変動の場合と同じで、技術的破壊についても、脅威に取り込むための枠組みとしては、国民国家は完全に不適当なのだ。研究開発はどこか一国の独占事業ではないので、アメリカのような超大国でさえ、単独では研究開発を制限することはできない。たとえアメリカ政府が人間の胚細胞を遺伝子工学で操作することを禁じたとしても、中国の科学者がそれを行なうのを防げるわけではない。そして、中国の科学者が成果をあげ、経済あるいは軍事の面で中国に決定的な優位性をもたらしたら、アメリカは自国の禁止令を撤回したくなるだろう。
とくに、食うか食われるかの外国嫌いの世界では、ハイリスク、ハイリターンの道をたった一国でも突き進むことを選べば、他の国々も追随せざるをえなくなる。どの国も後に残されるわけにはいかないからだ。そのような、いわゆる「底辺への競争」を避けるためには、おそらく人類は何らかのグローバルなアイデンティティと忠誠心を必要とするだろう。
そのうえ、核戦争と気候変動は人類の身体的生存だけを脅かすのに対して、破壊的技術は人間というものの性質そのものを変えかねず、それゆえに、人間の最も根本的な倫理的信念や宗教的信念と絡み合っている。

核戦争や生態系の崩壊は避けるべきだということには誰もが同意するが、生物工学とAIを使って人間をアップグレードしたり新しい生命体を生み出したりすることに関しては、人々の意見は大きく分かれる。もし、全世界が受け容れるような倫理的指針を考案して実行に移すことに人類が失敗すれば、フランケンシュタイン博士の研究解禁ということになる。