「代理ミュンヒハウゼン症候群」ザ!世界仰天ニュース # #926
母と娘 より
裕子は肺炎を患っていた。
柏木裕子が外来患者として浦和医大の内科を訪れたのは去年のことだった。当時内科に勤めていた真琴は思わぬ場所での高校のクラスメートの再開に驚いたが、相手が患者となれば喜びも半減した。
長引く咳と発熱、そして呼吸困難。担当した津久場はマイコプラズマ感染による肺炎と診断した。マイコプラズマ病原体には抗生物質の代表であるペニシリンが効かない。その上、通常の喀痰(かくたん)検査ではマイコプラズマを直接確認できたいために発見が遅れ重症化してしまうことがある。裕子の場合がまさにそうだった。
胸部エックス線検査では側肺の3分の2以上に陰影が見られ、白血球も4000/μ1以上、既に重症度となっており、裕子は長期治療を余儀なくされた。ただし長期治療といっても現在では必ずしも入院を必要とするものではない。安静と定期的な抗生物質の投与が可能な状況であれば、自宅療養でも治療が継続できる。
裕子のたっての願いで、真琴は津久場の補助として裕子を担当することになった。裕子とは高校から同じクラスが続いたこともあり、よく話した仲だった。
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母子家庭に対する公的援助はひと昔前に比べれば拡充されているものの、それでも子供が成人してしまえば援助は打ち切られる。裕子は無職なので、自宅療養となれば寿美礼が1人で生活費を稼ぐ傍ら看護をする形となる。
そして病人の看護を考慮すると丸1日働くのは困難になり、どうしてもパート職しか当てがなくなる。実際、寿美礼は近所のスーパーと牛丼屋の深夜パートを掛け持ちしていると聞く。しかしパートの給料だけで2人分の生活費と治療費を捻出するのだから、家計はもちろん体力も圧迫される。寿美礼が面窶れするのもむしろ当然と言えた。
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「何がですか。それは確かにガレノキサシンのカプセルですよ」
「薬の種類ではなく用量です。パッケージの記載では2週間前に患者に渡されています。服用の回数は1日2回。計算上ではもうなくなっているはずです」
内用薬袋の中にはまだ十粒以上のカプセルが残存していた。
「これは……」
「途中から服用をやめたか、あるいは服用の回数を減らしたかのどちらかでしょうね」
証拠保全のつもりだろうか、キャシーは自分のスマートフォンを取り出して内用薬袋と残存するカプセルを写し始めた。
用法・用量を守って正しくお使い下さい……というのが薬品の決まり文句になぅているが、裏を返せば用法・用量を守らなければ正しい使い道にならないという意味だ。
「いくらマイコプラズマ菌をに適応していても、用量が意図的に減らされていれば症状が悪化しても不思議ではありません」
「そんな。裕子がわざと用量を減らしたというんですか」
「ノー。パッケージにこれだけ残っているということは服用した本人ではなく、食後に服むように用意した人物が調整した可能性の方が高いでしょう」
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どうでもいい、じじぃの日記。
中山七里著 短編集『ヒポクラテスの誓い』を読んだ。
小説のなかに「母と娘」というのがあった。
母と子、の2人暮らしの生活。父は娘が5つの時に亡くなった。もう20年も2人暮らしだ。
病弱な娘のために、毎日一生懸命になって働く母親。
その娘がある日、突然トイレで吐いて救急車で病院に搬入されたが亡くなってしまった。
娘の突然の死に、魂の抜け殻のようになってしまった母親。
なぜか、光崎法医学教授は娘を解剖すると言い出す。
母親は解剖するという申し出を断る。娘の体に傷をつけたくないからだろうか。
遺体が葬儀場に運ばれる。
キャシー(法医学者)は母親に向かって、薬を減らしたのはどうしてなのか、と問いつめる。
代理ミュンヒハウゼン症候群・・・虚偽性障害に分類される精神疾患の一種。症例として周囲の関心や同情を引くために病気を装ったり、自らの体を傷付けたりするといった行動が見られる。1951年にイギリスの内科医、リチャード・アッシャーによって発見され、「ほら吹き男爵」の異名を持ったドイツ貴族、ミュンヒハウゼン男爵にちなんで命名された。
母親は代理ミュンヒハウゼン症候群だった。
娘は病死ではなく、母親による殺人だったのだ。