じじぃの「歴史・思想_264_ハラリ・21 Lessons・雇用」

How Cartoons Brainwashed Us With Jewish Stereotypes

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=4df3aD8ZfVw

ユダヤ教超正統派の人々

『21 Lessons』

ユヴァル・ノア・ハラリ/著 柴田裕之/訳 2019年発行

2 雇用――あなたが大人になったときには、仕事がないかもしれない より

2050年に雇用市場がどうなっているか、私たちには想像もつかない。だが、機械学習とロボット工学によって、ヨーグルトの製造からヨガの指導まで、ほぼすべての種類の仕事が変化するだろうことに関しては、みんなの意見がおおむね一致している。とはいえ、その変化がどのような性質のものかや、どれほど差し迫っているかについては、見方が分かれる。わずか10年あるいは20年のうちに何十億もの人が、経済的な意味で余剰人員となると考えている人もいる。逆に、長期的に見ても、自動化は新たな雇用を生み出しながら、全員におおいなる繁栄をもらたし続けると主張する人もいる。
というわけで、私たちはぞっとするような大変動の瀬戸際にいるのか、それとも、そのような予想もまた、ろくな根拠のない機械化反対のヒストリーの再来なのか、いったいどちらだろう? 自動化が大量失業をもたらすという恐れは19世紀にさかのぼるが、これまでのところ、現実になってはいない。産業革命が始まって以来、機械に1つ仕事が奪われるたびに、新しい仕事が少なくとも1つ誕生し、平均的な生活水準は劇的に上昇してきた。それにもかかわらず、今回は違い、機械学習が本当に現状を根本から覆すだろうと考える、もっともな理由がある。
人間には2種類の能力がある。身体的な能力と認知的な能力だ。過去には機械は主にあくまで身体的な能力の面で人間と競い合い、人間は認知的な能力の面では圧倒的な優位を維持していた。だから、農業と工業で肉体労働が自動化されるなかで、人間だけが持っている種類の認知的技能、すなわち学習や分析、意思の疎通、そして何より人間の情動の理解を必要とする新しいサービス業の仕事が出現した。ところが今や人工知能(AI)が、人間の情動の理解をを含め、こうした技能のしだいに多くで人間を凌ぎ始めている。人間がいっまでもしっかりとしっかりと優位を保ち続けられるような、(身体的な分野と認知的な分野以外の)第3の分野を、私たちは知らない。
AI革命とは、コンピューターが速く賢くなるだけの現象ではない。それに気づくことがきわめて重要だ。この革命は、生命科学と社会科学における飛躍的発展によっても勢いづけられる。人間の情動や欲望を選択を支える生化学的なメカニズムの理解が深まるほど、コンピューターは人間の行動を分析したり、人間の意思決定を予測したり、人間の運転者や銀行家や弁護士に取って代わったりするのがうまくなる。
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共産主義を例に取ろう。自動化によって資本主義体制が根底から揺るがされようとしているので、共産主義が復活できるかもしれないと思う人もいるだろう。だが共産主義は、この種の危機に乗じるように構築されたわけではない。20世紀の共産主義は、労働者階級は経済にとって不可欠であるという前提に立ち、共産主義の思想家は、無産階級(プロレタリアート)に彼らの巨大な経済力を政治的影響力に変える方法を教えようとした。共産主義の政治プランは、労働者階級の革命を必要とした。だがこれらの教えは、一般大衆が経済的価値を失い、したがって、搾取ではなく存在意義の喪失と闘う必要があるなら、どれほど当を得ていることになるのか? 労働者階級なしで、どうやって労働者階級革命を始めるというわけか?
人間はけっして経済的な存在意義を喪失しえない、なぜならたとえ人間は職場でAIに太刀打ちできなくても、消費者としてつねに必要とされるだろうから、と主張する向きもあるかもしれない。とはいえ、将来の経済が、私たちを消費者としてさえ必要とされるかどうかは、およそ定かではない。
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ポスト・ワーク世界で満足した人生を送る実験が、これまで最も大きな成功を収めているのはイスラエルかもしれない。この国では、ユダヤ教超正統派の男性の約半分が一生働かない。彼らは聖典を読み、宗教的儀式を執り行なうことに人生を捧げる。彼らと家族が飢えずに済むのは、1つには妻たちが働いているからで、1つには、政府がかなりの補助金や無料のサービスを提供し、基本的な生活必需品に困らないようにするからだ。つまり、最低所得保障という言葉が登場する前から、それが実践されていたわけだ。
これらのユダヤ教超正統派の男性は貧しく、職に就いていないものの、どの調査でもイスラエル社会の他のどんな区分の人よりも高い水準の生活満足度を報告する。これは彼らが属するコミュニティの絆の強さのおかげであるとともに、聖典を学び、儀式を執り行なうことに彼らが深い意味を見出しているおかげでもある。タルムート[訳註 ユダヤの口承律法とその注釈の集大成]について論じるユダヤ人男性でいっぱいの小部屋は、仕事熱心な工員がひしめく繊維業の巨大な労働搾取工場よりも多くの喜びを生み出し、積極的な関与を促し、見識を育むことだろう。生活満足度のグローバルな調査では、イスラエルはたいてい上位に入る。それは1つには、こうした職に就いていない貧しい人々満足度が高いおかげだ。
非宗教的なイスラエル人はしばしば苦々しげに不平を言う。ユダヤ教超正統派は社会に十分貢献しておらず、他の人々が汗水たらして働いているのに、その脛(すね)をかじっている、と。非宗教的なイスラエル人はまた、ユダヤ教超正統派の暮らしは維持していかれない。とくに、彼らの家庭には平均で7人子供がいるから、とも主張する。遅かれ早かれ、国は職に就いていない人をそこまで大勢支えられなくなり、ユダヤ教超正統派も働きに出なくてはならなくなるだろう。とはいえ、それとは正反対のことが起こるかもしれない。

ロボットとAIが人間を雇用市場から押しのけていくにつれ、ユダヤ教超正統派は過去の化石ではなく将来のモデルと見なされるようになる可能性があるのだ。

誰もがユダヤ教超正統派になって、イェシバ[訳註 タルムードを学ぶためのユダヤ教教育機関]に行くというわけではない。だが、すべての人の人生で、意味とコミュニティの探求が、仕事の探求の影を薄くさせるかもしれないということだ。