じじぃの「歴史・思想_250_レイシズム・ユダヤ人の迫害」

History of Jews in 5 Minutes - Animation

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=fIYHMdOr5Aw

ユダヤ人家族

なぜ、ホロコーストは起きたのか

第二次世界大戦のとき、ナチ・ドイツおよび占領下のヨーロッパで、「ユダヤ人」という理由で約600万人の人々が殺されました。
その内、約150万人が15歳以下の子どもでした。他にも、障がい者やシンティとロマ(「ジプシー」と呼ばれた人たち)も犠牲となりました。
https://www.npokokoro.com/why

レイシズム講談社学術文庫)著者 ルース・ベネディクト(著),阿部大樹(訳) honto

レイシズムは科学のふりをした迷信である。純粋な人種や民族などは存在しないことを明らかにし、国家、言語、遺伝、さらに文化による人間集団に優劣があると宣伝するレイシストたちの迷妄を糾す。
日本人論の「古典」として読み継がれる『菊と刀』の著者で、アメリカの文化人類学者、ルース・ベネディクトが、1940年に発表し、今もロングセラーとなっている RACE AND RACISMの新訳。
ヨーロッパではナチスが台頭し、ファシズムが世界に吹き荒れる中で、「人種とは何か」「レイシズム(人種主義)には根拠はあるのか」と鋭く問いかけ、その迷妄を明らかにしていく。「レイシズム」という語は、本書によって広く知られ、現代まで使われるようになった。
「白人」「黒人」「黄色人種」といった「人種」にとどまらず、国家や言語、宗教など、出生地や遺伝、さらに文化による「人間のまとまり」にも優劣があるかのように宣伝するレイシストたちの言説を、一つ一つ論破してみせる本書は、70年以上を経た現在の私たちへの警鐘にもなっている。
訳者は、今年30歳の精神科医で、自らの診療体験などから本書の価値を再発見し、現代の読者に広く読まれるよう、平易な言葉で新たに訳し下ろした。グローバル化が急速に進み、社会の断絶と不寛容がますます深刻になりつつある現在、あらためて読みなおすべきベネディクトの代表作。
https://honto.jp/netstore/pd-book_30200031.html

レイシズムとは何か より

ゾロアスター教ユダヤ教

対照的であったのは、1世紀より数百年さかのぼるペルシャゾロアスター教である。ゾロアスター教は国教となっていたが、ペルシャ北部への布教を目指すことはなかった。異教徒を改宗させることを重視していなかったのだ。春秋時代を生きた孔子も同じく、自分の教えを世界中に広めようとはしていない。初期キリスト教の布教戦略の背後には、多数の民族を包摂する巨大な単一コミュニケーションという観念がまずあった。そしてこれはローマ帝国の登場によってはじめて可能になったものだった。
ユダヤ教預言者ヘブライ法もキリスト教の土台になっている。紀元前1300年頃に遡るモーセの律法を見てみよう。――「汝等とともに居る他国の人をば汝らの中間に生れたる者のごとくし己のごとくに之を愛すべし汝等もエジプトの国に客たりし事あり我は汝らの神エホバなり」(レビ 19章34節)、「汝ら会衆および汝らの中に寄寓(とどま)る他国の人は同一の例にしたがふべし是は汝らが代々永く守るべき例なり他国のエホバの前に侍ることは汝等と異なるところ無るべきなり」(民数 15章15節)。アッシリア捕囚を契機に、ユダヤ教内部にも分離主義を掲げる一派が生まれた。
たとえば預言者エズラは、アモンやモアブの子種がイスラエルの子種と交わることを恥ずべきこととして、異邦からやってきた妻たちを強制送還し、さらに将来にわたって異人種間の結婚を固く禁じた。狂信的なレイシズムが古代社会にも現れていたことになる。しかしその痕跡をイエスの言行に見てとることはできない。多民族からなる大きなコミュニティを作るようにとのキリスト教の教えは、その時点でのヘブライ法に沿ったものであったし、なによりもローマ帝国が積み上げたものによってその基礎を堅牢なものとしていた。

ナチズムの土台

世界大戦が終わってワイマール共和国が倒れると、失意のどん底でドイツはレイシズムを国家体制の根本に据えるまでになる。全能の支配者の論理であったレイシズムが、打ちひしがれた国民を慰めるために転用された。いま私たちが想像するほどには、これは難しい作業ではなかったようだ。
1920年代に獄中のヒトラーが書いた『わが闘争』に、この変容の一端をすでに見てとることができる。戦前のドイツは人種という国家の基礎を、「この地での生の一切を可能にする唯一絶対の法則」を無視していた。そのせいで邪悪なユダヤが国家の乳房を吸った、戦争に負けたのは全部あいつらユダヤ人のせいだ、と。こうなると誰が北方系で誰がスラブ系であるかなど政治的にはまったく些細なこととなって、ただ敵性人種であるユダヤ人かどうかだけが問題になってくる。逆に、ユダヤ人の親や祖父母さえいなければ誰であれ真正のドイツ人とされた(話が難しくなるとナチ理論は「ドイツ人らしく振る舞うものがドイツ人だ」とチェンバレンに戻るのだとしても、これは例外的な場合である)。こうしてレイシズムは<国家社会主義>、ナチズムの土台として固めていく。

ユダヤ人の迫害

1933年に権力の座につくと、ヒトラーはプログラムの歯車となる法案を次々に通過させた。すぐに散発的なユダヤ人に対する迫害が各地で激化した。そしてわずか2年後の秋には、ニュルンベルク法として知られる一連の法案が可決される。これによってユダヤ人のすべての市民権は停止され、ユダヤ人と非ユダヤ系ドイツ人の結婚は禁止、婚外交渉には刑事罰が科せられるようになった。法が施行された月のうちに、ユダヤ人の子供全員が学校から締め出された。翌年にはユダヤ人の不動産および銀行資産がすべて政府によって剥奪される。
37年には、ユダヤ人を通商や小売業から排除するための政府による暴力がさらに組織的なものとなった。38年、各地でユダヤ人に対する収奪がほとんど日常的なものとなって、そしてベルリンではユダヤ人が一斉逮捕された。この年の11月10日にドイツ全土で行われた虐殺(ポグロム)は世界中に知れ渡る。ユダヤ人虐殺の過程で生じた損害はすべてユダヤ人が支払うべきものとされた。科せられた罰金は総計10億マルクとなった。
この頃には、ドイツやオーストリアから国境を越えて逃げ出してくる。困窮と絶望に挫かれた大量のユダヤ人難民が国際問題になっていた。それなのにベルリン警察は追い打ちをかけるように、ユダヤ人コミュニティの長老たちに毎日100人ずつユダヤ人の名前と住所のリストを送るように命令している。リストに挙げられた人間は、2週間以内に国外退去するように宣言された。1939年初めのことである。レイシズムが苦い果実を生み落としたのだ。
第三帝国レイシズム反ユダヤ主義だけが問題ではなかった。当初から汎ゲルマン主義のプログラムでもあった。