じじぃの「科学・芸術_794_ユダヤ教・シオニズム」

The Zionist Story. (Full Documentary)

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=wA1lDow-0rk

Zionism, Israel

ユダヤ人とユダヤ教

 市川裕/著 岩波新書 2018年発行

近代メシア論 より

普遍主義的メシア論からすれば、ユダヤ人の理想は、国家をもたない世界市民として人類の進歩と繁栄を尽くすことである。それに対して、19世紀末から、ユダヤ人を民族集団とみなして、民族固有の国家をもつべきとする個別主義的メシア論が台頭した。シオニズムである。これは、欧州各地でナショナリズムが勢いを得て民族国家建設への機体が高まるなか、帝政ロシアポグロム(ロシアで起こったユダヤ人に対する集団暴力行為)やフランスの反ユダヤ主義に対して未来を憂慮したユダヤ知識人によって練り上げられた政治理念である。
テオドール・ヘルツル(1860-1904)がシオニズムを唱えたとき、世界はこれを嘲笑した。ヘルツルは日記に「50年後には世界はあっと驚くであろう」と記したが、はたして1948年、イスラエル国家の誕生は現実のものとなった。イスラエルの独立宣言は、建国をヘルツルの予言(ハゾン)の成就であると記している。
シオニズムの思想は、ユダヤ人の解放という大道に逆らう流れであった。しかし、ドイツや中欧諸国の民族主義の流れに乗る思想であった。社会進化論、人種優劣論、優生学が興隆し、ユダヤ人を差別する風潮が強まるなか、西欧の同化ユダヤ人の間では現実を見て見ぬふりをする自己欺瞞がはびこっていたと、ゲルショム・ショーレムイスラエルの思想家)は述懐している。
そこに悲観的状況を見て取った人びとが、再びユダヤ精神に掲げて独自の生きる道を模索したのには、しかるべき理由がある。とくに、ユダヤ人を「民族集団」とみる見方は、帝政ロシアユダヤ知識人に由来するという指摘がある。ポグロムにより同化の希望を断たれたユダヤ知識人は、ユダヤ人の国家的な共同体を創設することで、ロシア国内のユダヤ人の待遇が改善されるのではないかという期待を抱いた。しかし、同じユダヤ人というだけで、言葉も文化も出身地も異なる人びとが1つにまとまるのは容易ではない。その課題に解答を与えたのがシオニズムであった。
シオニズムを掲げた人びとは、地上の一定の土地に、ヘブライ語という共通言語をもち、防衛力を備え、経済的に自立した民族国家を建設するという理念の実現に向かって邁進した。自分たちの民族国家を造ることは、どの民族にも与えられた自然権である。そうだとすれば、個別主義的メシア論も、ユダヤ人のみの個別的な救済ではなく、普遍的な救済を目指さなければならない。そこで「共存」という価値が重要な要素として浮上してくることになった。
ユダヤ人が西暦70年以来、祖国を追われて世界各地に散った状況は、しばしば「捕囚」であると理解されてきた。これをヘブライ語で「ガルート」と呼ぶ。イスラエルの民は神に対して罪を犯し、その罰としてガルートの状態に置かれていると考えられた。一方、救済とは、罪を悔い改めて神のもとに帰ることにより、神が恵みを垂れて、捕囚から元の状態に戻されることをいう。すなわち、神はイスラエルの民を祖国に復帰させ、エルサレム神殿は再建され、供犠が再開され、ダビデの王国が再建される。そして、世界各地でガルートの状態に置かれたユダヤ人たちが戻ってくる。シオニズムが描いたのは、そういうシナリオである。
救剤の教えは、ユダヤ教の伝統的な18祈祷文で明確に示されている。ユダヤ人は古代から今日まで、これを唱えてガルートからの贖い(ゲウラー)を希求してきたことになっている。現代のイスラエル国家は、独立宣言においてこの立場を鮮明にしている。ユダヤ国家の誕生は、ガルートからの贖いが神に通じ、ユダヤ人の救済が起ったことを意味すると主張した。これはつまり、「メシアの世が実現したのだから、捕囚の時代は終了した。さあ、世界のユダヤ人よ、祖国に帰還しなさい」という呼びかけでもある。シオニズムに終末論的諸要素が見られるゆえんである。この理念を根拠に、イスラエル初代首相ベングリオンは、アメリカのユダヤ人に向けて祖国への帰還を呼びかけた。1949年のことである。