じじぃの「歴史・思想_246_シルクロードの古代都市・ゾロアスター教以前の宗教」

Ancient Persia 3000 BC TO 10000 BC Old City Jiroft Civilization 7000 years old human skeleton Tehran

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=tyEPPpdQtJM

Ancient Persia BC 10000~3000

The Lost Civilization 3000 BC TO 10000 BC Old City Jiroft IRAN Ancient Persia First PYRAMID On Earth

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シルクロードの古代都市――アムダリヤ遺跡の旅』

加藤九祚/著 岩波新書 2013年発行

【原ゾロアスター教

アケメネス朝(前550年~前330年)以前およびアケメネス朝時代の中央アジアの住民は、ほとんど全面的にイラン系の言語を話す人びとであった(ごく一部に島のように非イラン系言語の住民が残っていた)とされる(リトヴィンスキー、1988年)。それにはバクトリア人、ホラムズ人、ソグド人、パルティア人、フェルガナたタシケントーオアシスの住民が含まれる。中央アジアの山地や草原で遊牧を含む牧畜をしていた人びとはサカとよばれ、広い意味でスキタイ系の文化を担っていたが、彼らもほとんどがイラン系言語の人たちであった。
イラン系住民の信仰は古代のインドーイラン人の宗教的・神話的・神話的世界に属していたが、これは後代のゾロアスター教が成立した基盤であり、いわば「原」ゾロアスター教とも言えるものであった。これまで見てきた青銅器時代マルギアナ(マルゲシュ)のトゴロク21号やバクトリアのジャルクタンの神殿は、「原」ゾロアスター教的文化の遺跡とされている。
後代のゾロアスター教はこの「原」ゾロアスター教を基盤として、イラン系予言者ツァラトゥストラギリシャ人はゾロアスターと称した)によって、前7世紀頃に開かれたとされている。時代が下がってクシャン時代にインドからバクトリアに仏教が伝来し、住民の一部が仏教徒になったことは考古学的にも明らかである。しかしリトヴィンスキーによると、バクトリアの「現地住民の大部分はゾロアスター教を信じていたし、仏教やマニ教キリスト教に改宗した現地住民、その世俗の人たちの宗教的意識や宗教的実践の一部において、伝統的なゾロアスター教的観念と儀礼が重く残っていたこと充分に考えられる」(リトヴィンスキー、前掲書)。これまで発掘調査されたクシャン時代の仏教遺跡において、仏教とゾロアスター教の共存を示す証拠がいくつも発見されている。タフティーサンギン遺跡についても、リトヴィンスキーは基本的に拝火を基盤とするゾロアスター教的神殿であると主張している。
ゾロアスター教については、日本でも伊藤義教ほかの研究者によって多数紹介・研究されっているが、ここでは主としてロシア語文献によってあらましを紹介する。ただし複雑難解な教義については深く立ち入らず、教祖とされるツァラトゥストラゾロアスター)の生涯を中心にして記述する。
しかし繰り返しになるが、まずつぎのことを知っておく必要がある。

すなわち、ツァラトゥストラゾロアスター教の教祖というよりはむしろ宗教改革者であり、前7世紀頃に生きた彼以前の数千年間にわたる古代イラン人の宗教的伝統を受け継ぎ、その一部を変革した人だということである。

ツァラトゥストラ以前のイラン人の宗教】

ツァラトゥストラ以前のイラン人宗教の特徴はなにか。それはまず人間が蝕知できないもの(たとえば勇気、喜び、力、契約など)にも神がいるとしたことである。火、水、天、地、太陽、月、風、雨雲などの神があり、金星の神は「天上の楽士」であった。「契約の神」はミトラであり、「真理」の神はアシャと呼ばれた。ゾロアスター教聖典は『アヴェスタ』であるが、これらの神々はこの聖典に登場している。
「雄牛の創造者」(『アヴェスタ』ではゲウシューウルワンと呼ばれた)という神もおり、古代イラン人は家畜をいけにえとしてこの神に捧げた。家畜のいけにえによってこの神は強くなり、人間にとって有益な繁殖を助けると考えられた。しかし改革者ツァラトゥストラは家畜をいけにえにすることを禁じ、結果的に民衆の生活を助けた。
もうひとつ知っておくべきことは、はるかな昔、古代イラン人と古代インド人が「兄弟」(インドーイラン人と呼ぶ)だったことである。この兄弟は前2000年紀の初めにインド語(サンスクリット)群とイラン語群に分かれることになった。インド人の宗教の聖典は『リグヴェーダ』であるが、これとイランの聖典『アヴェスタ』では、同じ神の名でありながら、意味内容が正反対である場合も少なくない。ツァラトゥストラが意識的にそうしたと思われるような場合もある。つまり「おれたちは違うのだ」と言いたいのであろうか。しかしツァラトゥストラの死後、元通りに、つまり彼以前の状態に戻った部分もある。