じじぃの「風をよむ・あの香港はどこへ・中国をとるか・アメリカをとるか?中国の行動原理」

サンデーモーニング 風をよむ「あの香港はどこへ?」 20200705

動画 dailymotion
https://www.dailymotion.com/video/x7utsbj

サンデーモーニング

2020年7月5日 TBSテレビ
【司会】関口宏 【サブキャスター】橋谷能理子 【パネリスト】寺島実郎、元村有希子、薮中三十二、安田菜津紀青木理
九州を襲った記録的豪雨…なぜ被害 ... なぜ被害拡大▽東京の感染130人超の衝撃▽香港ゆらぐ自由▽プロ野球Jリーグ再開▽久保が孤軍奮闘▽池江復活へ▽高校野球▽「風をよむ」

【風をよむ】 「あの香港はどこへ」

香港の中国返還から23年となる7月1日を前に、香港での反政府的な動きを取り締まる中国の「香港国家安全維持法」が6月30日施行された。違反者は最高で無期懲役が科される。
「50年変わらない」はずだった香港。あと27年を残し、「一国二制度」は失われようとしている。
香港の政治団体「香港衆志」(デモシスト)からの脱退を表明した幹部の周庭(アグネス・チョウ)氏(23)は6月30日、SNSで、
「私、周庭は、本日をもって、政治団体デモシストから脱退致します。これは重く、しかし、もう避けることができない決定です。絶望の中にあっても、いつもお互いのことを想い、私たちはもっと強く生きなければなりません。生きてさえいれば、希望があります」
と語った。
寺島実郎、「中国は大中華圏のネットワークのつながりを深めることで成長軌道を走ってきた。具体的に言えば、中国は華僑・華人圏の香港、台湾、シンガポールの資本と技術を取り込みながら、成長のエネルギー源にして吸収し、同時にその華僑・華人圏を飛躍のためのジャンプボードとしてたくみに利用することで成長してきた。香港での一国二制度が失われることで人材や資本が香港から出ていくことが中国にとって大きなマイナスになる。本当に中国は賢いのか」
https://www.tbs.co.jp/sunday/

『中国の行動原理-国内潮流が決める国際関係』

益尾知佐子/著 中公新書 2019年発行

中国人を規定する伝統的家族観 より

同じアジアのなかで隣り合う日本と中国であるが、いままで見たように、社会組織の構造はかなり異なる。そこから派生し、人々が暗黙のうちに想定する社会秩序はまったく違うものになる。この節では、前節の組織構造を踏まえ、また筆者の体験など身近なエピソードを交えながら、中国の社会秩序の特徴をイメージしやすいようにまとめてみよう。
第1に、権威が最高指導者に一点集中する点である。
あるとき筆者は授業で、各国から来た学生に「リーダーと聞いてどんな人を創造するか」と尋ねた。日本やヨーロッパの学生たちは、「多くの人の利害に配慮して、それを調整しながら新しいものが作れる人」などと答えた。ところがある中国人学生は中国語の「領導(リンタオ)」(指導者)を想像したようで、「他人に言うことを聞かせる力を持つ人。でも怒らせると怖くて、みんなに嫌われる人」と答える。
中国人の家族のなかでは、家父長は愛される存在ではなく、極度に敬われ恐れられる存在である。しかし他方で、そうした家父長がいなければ、組織はしっかりと回らない。他人に畏敬の念を持たせることができるかどうかは、トップに立つ者の根源的な資質である。中国の組織は、部下たちが「この人を怒らせると怖い」と感じるようでなければ機能しない。中国の指導者に笑顔や親しみやすさは不要である。
第2に、中国では組織内分業について、ボスが独断で決める。
日本の組織内分業は、組織の階層構造のなかで、年齢や性別などの個人の属性によって自然に決まる。これと対照的に、中国では有能なボスが、個人の特性を踏まえながら適切に人材を配置し、組織全体を管理していく。

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『逆説の世界史 1 古代エジプト中華帝国の興廃』

井沢元彦/著 小学館 2014年発行

中国文明の力量と停滞 より

朱子学(Cheng-Zhu school)は哲学だと中国人は主張する。つまり宗教ではないという意味だ。しかし、実際は極めて強烈な宗教であることを、これまでの記述で読者は納得していただけたと思う。
まず、あらゆる道徳の中で親に対する忠節である「孝」を極端に重んじること。そして、人間を朱子学を身につけているかいないかで厳しく峻別する身分制度を生むこと。また、王者の条件を「徳」の有無によって決定するから王朝交代を可能とする副作用もある。
「孝」を重んじるという特質は、朱子学以前の儒教から重要視されていたが、儒教の祖である孔子(BC552?~479年)は身分制度について朱子(または朱熹 1130~1200年)よりはるかに寛容であった。人間には優れた人間と劣った人間がいることは認めていたが、それを身分制度で固定しようという発想は孔子にはなかった。
もう1つ、孔子になく朱子学以後の儒教に明確にあるのが、独善性と排他性だ。これが中国こそ世界一で他に国は無いという、古来から存在した独善的な中華思想を、より強める結果になった。なぜそうなったかは、既に詳しく述べたところだが、やはり靖康(せいこう)の変(1126年)の影響が極めて大きいと思う。今の中国人はこの「変」のことを意識していない人がほとんどだ。知識人でもよほど歴史に詳しい人でない限り、この「変」のことは忘れている。
しかし、私のように中国全体を外から見た人間が、かつて人類文明の最先端を進み、中華思想はあったものの周辺の民族には寛容であった中国人が、なぜ進取の気性を失い他民族に対して極めて排他的な考えを持つようになったのか、その淵源を辿っていくと、この靖康に突き当たるのである。
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では、なぜ彼らは「儒教は宗教ではなく、儒学という哲学だ」と言いたがるのか?
儒教の開祖孔子は「怪力乱神を語らず」と宣言した。つまり私の考えでは神霊的存在とか超自然現象とかは扱わない、ということだ。中国人に言わせれば、開始が「怪力乱神を語らず」と宣言しているものがなぜ宗教か、哲学ではないか、ということになる。
士農工商の身分区別についても、既に述べたような合理的な考えによるもので、神秘的要素は一切ない。その証拠に、たとえ商人の子に生まれても、本人が努力して勉学すれば、科挙に合格し官僚つまり「士」になることもあり得る。本人の努力の結果を試験という平等で客観的な物差しで測るわけだから、これもまったく合理的で神秘的な要素など一切ない、だから孔子の教えも、それを発展させた朱子の教えも、宗教ではなく儒学という哲学だ、ということのなるわけである。
そして、こういう考え方からすれば、むしろ法の下の平等だとか、一人一票などという考え方は馬鹿げているということにもなる。人間には高潔な哲学者もいれば、人を殺す犯罪者もいる。有能な官僚もいれば、計算すらまともに出来ない人間もいる。だから平等などという考え方はおかしい。むしろ合理的な基準で高潔で有能な人間を選び、その人間集団が愚かな民衆を統治していけば良いではないか、ということにもなるわけだ。
これは古代から近世まで、中国という1つの帝国を支える基本思想であった。
そういう考え方が土台にあったからこそ、近代になって中国は、少数の選ばれたエリートが多くの民衆を支配指導するという共産党独裁制にはたやすく移行することが出来たが、すべての人間は平等だと考える民主主義は未だに根付かないということにもなった。
お気づきのように、これが現代中国の抱える最大の問題点である。