じじぃの「目に見えないものこそ・メルヘン調の点描画!絵本『うみべのいす』」

nakaban: note: 2014/03

「うみべのいす」
https://nakaban.blogspot.com/2014/03/

読書メーター:『うみべのいす』|感想・レビュー

白い浜辺に置かれた青い椅子。静かに波が寄せる波の音。
その椅子に座る人の心模様で、浜辺、海の色、空の色までが変わる、とても素敵な本でした。私がこの椅子に座ったら、どんな海の色になるのかなと思いながら、絵本を閉じました。内田麟太郎の優しい詩と、これまで見たことのない、nakabanさんの点描画が、とてもマッチしていました。お父さんの乗っている船の絵と、うみぼうずが、うたっている絵がいいなぁ。いつもながら、絵に引き寄せられました。
https://bookmeter.com/books/8042476

『人生の1冊の絵本』

柳田邦男/著 岩波新書 2020年発行

目に見えないものこそ より

画家・東山魁夷(かいい)氏の画集『白い馬の見える風景』(新潮社)を、時折開いて、あれこれ想像の世界で遊ぶことがある。北欧か北ドイツか、そんな異国情緒のあふれる自然や町を幻想めいた淡い日本画のタッチで描いているのだが、どの風景にも、なぜか白い馬が現れる。
たとえば「緑響く」(1982年)という作品。ミルキーがかったブルーグリーンで森が描かれている。手前は湖で、さざ波ひとつない鏡のような湖面に、森の木々が逆さにくっきりと映っている。静寂そのものだ。ただそれだけだったら、すがすがしい朝の湖畔の風景として、《美しい》と感じるだけで終わってしまうだろう。ところが、向こうの岸辺に1頭の白い馬が静かに歩く姿で小さく描かれているのだ。
その白い馬の姿も、湖面に映っている。絵の中央にくっきりと横に区切る岸辺の線を境にして、森と白い馬が完璧なまでに上下対称(シンメトリック)に描かれた構図は、見る者をメルヘンの世界へ誘う魅力に満ちている。つまり、1頭の白い馬が登場することで、森と湖の風景が突然、見る者の想像力を刺激して、1篇の物語を生み出していくのだ。
画集『白い馬の見える風景』に編集された様々な季節の風景の一点一点に、このような不思議な白い馬が登場するので、私は一点ごとにじっと見入っては、空想に耽るのだ。
こんな話を持ち出したのは、絵本の世界でも、同じように1頁ごとの絵に想像力を働かせて空想世界の遊びに誘う作品が可能だということを言いたかったからだ。詩人で絵本作家の内田麟太郎さんの発想による『うみべのいす』は、そのような想像力を引き出してくれる。
 <しろい はまべに、 いすが ひとつ>という言葉どうりの絵で始まる。
絵の描き方は、19世紀フランス新印象主義のスーラなどが取り込んだ点描画の手法を全面的に使っている。ただ、光が生み出す多彩な色を示す点がスーラの手法ほど細かくはなく、やや大胆に大粒になっている。絵本としては異色だが、麟太郎さんのコンテクストにうまく合っている。本格的な風景画にしてしまうと、絵が少し重たくなり、大人も子どもも一緒になって想像する軽やかな楽しさを抑えてしまうだろう。
椅子には、誰も座っていない。頁をめくると、<すわっているのは、だれかしら>と問われ、絵を見ると、白ネコが座って海を見つめている後ろ姿が描かれている。風景は色とりどりの光の粒で描かれているが、白ネコは白で塗られ、淡いブルーの影がつけられているので、くっきりと主役の印象が強くなる。
白ネコは何を感じ、何を想像しているのだろう。飼い主はどこにいるのかな。ひとりさびしい女性かな、などと想像する。ところが、頁をめくると、トビウオが飛んでいて、白ネコは<おいしそう>とつぶやいているのだ。それでも《なあーんだ》とがっかりしそうなところを踏みとどまらせてくれるのは、メルヘン調の点描画ののどかさだろう。
このあと、<すわっているのは、だれかしら>の問いに対し、クマだったり、少年だったりと、主役が替わっていき、見つめる対称もバラエティに富んで面白い。途中には、<だれも いない うみ だれも みてない うみ>も挿入されて、変化をつけられている。
こういう絵本は、頁をめくるのを急がずに、椅子に座る人物あるいは動物を、あれこれ想像してから、麟太郎さんが出してくる答えを見るという楽しみ方をするのがいいだろう。自分の想像力がどれくらい新鮮でみじみずしいかを試してみるいい機会になるだろう。
絵本というものは、ほかの表現ジャンルにない可能性を秘めていると思う。見えないもの、見えない世界を、想像力・空想力で可視化するのを簡単にやってのけることができるのも、絵本ならではの不思議な力と言える。
井上コトリさんの絵本『まちの ひろばの どうぶつたち』は、見えるものと見えないものとが混在する街を、ユニークなかたちで表現した作品だ。5匹の動物たち――ゾウ、キリン、サル、コトリ、ライオンの子どもは、透明なので、街のなかを歩いていても、誰も気づかない。