中国「一帯一路」の国際会議に登壇する習近平
中国・「一帯一路」と台湾
2019年7月5日 中国問題グローバル研究所
今年1月29日、ダン・コーツ米国家情報長官(DNI)は参議院情報委員会で、「一帯一路」はインフラ整備に過ぎないのではなく、「一帯一路」で指定される地域は地政学的・軍事的含意を持つものだ、と「一帯一路」の戦略性へ注意を喚起している。
https://grici.or.jp/205
『中国の行動原理-国内潮流が決める国際関係』
益尾知佐子/著 中公新書 2019年発行
習近平とその後の中国 より
中華人民共和国の建国から70年。それを率いた中国共産党は、さまざまな失敗を繰り返しながらも、中国の人民をひとつの国家の枠組みに取り込むことにほぼ成功してきた。70年前、統一的なアイデンティティなど持たず、バラバラだった人々は、中国共産党が基盤とする漢族的な社会秩序に従い、一体的な国民=「中華民族」として統合された。特に経済近代化の効果は絶大で、いまでは高山に暮らすチベット人まで、生活のために積極的に中国の経済社会への参入を図っている。中国共産党の問題処理能力は、好き嫌いを別に相当高い。
本書ではこれまで、中国の対外行動がそのときどきで国内状況に応じ、どの程度、どのように変化してきたかを論じてきた。
中国の対外行動を捉えるときに理解しやすいのは、中国が外婚制共同体家族に根付いた社会秩序を持ち、家父長、つまり最高指導者の国内凝集力をバロメータとして、一定のサイクルで変化する社会だ、と考えていく方法である。
家父長のもとで生きる中国の息子たち、そしてそれに従う家人たちは、潜在的にはそれぞれが家父長になる可能性を秘めた、自由で活発で、創造性に富んだ人々である。
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実例を挙げよう。米中貿易が激化するなか、香港では2019年6月に反中デモが発生し、その後も100日を超えて継続している。大陸中国では武力鎮圧の声が高まり、デモ参加者も運動の国際化を狙って大陸への挑発行動をとったが、習近平は踏みとどまっている。いま香港で再び「天安門事件」が起きれば、西側の自由主義国との全面対立を招き、それが世界の東西分断に拡大して新たな冷戦が始まる可能性がある。世論に流されて武力鎮圧に走れば、中国にとってきわめて不利な結果を招くと判断しているのだろう。
習近平下の中国社会
では、このような国内的変化のなかで、中国社会の対外行動は今後、どのように変化していくのだろうか。
第1に言えるのは、当面の間、個々の中国人の対外行動は全体的に、党中央の意向を受けたかなりお行儀のよいものになるということだ。
習近平は大局に従えというお触れを出し、中国人はこうあるべきという理想を説きながら、社会全体に対する締め付けを強化している。習近平が総書記になった頃から、中国は世界最先端の情報技術を駆使し、個々人の行動を緩やかに、しかし抜本的に規制するようになった(『幸福な監視国家・中国』)。ネット統制に加え、監視カメラや電子マネーが普及し、当局は各人の生活に関わるさまざまな面を監視できるようになった。これを受け、当局が定めたルールに従って生活を謳歌することが社会潮流になっている。そもそも経済発展にともない、乱暴なやりかたで自己利益拡大に走る中国人もあまり見かけなくなった。
習近平政権は、中国人の海外での活動についても指針を出している。彼が進める「一帯一路」には、スリランカのハンバントタ港の体中租借問題を契機に、2017年頃から国際的な批判が高まった。2018年1月の中央全面深化改革領導小組第2回会議は「『一帯一路』の国際商業紛争を解決するメカニズム・組織の構築についての意見」を審議している。これにより、「一帯一路」をねぐkつて国際紛争が生じたときには、相手国の法律および当事者に意思を浸透し、また国際的な条約や慣例も積極的に活用しながら解決を図る原則が確立された。
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中国の指導者は、経済発展に民間のイノベーションが重要ということを十分に理解している。彼らの目から見れば、中国の製造業は「からだはでかいが強くない」。中国が国際的な競争力を獲得し、さらにそれを高めていくには、民営企業にイノベーションを促していくことが課題である。民間資本が弱いなかで実現するには、国家が企業の研究開発費などを支援し、そこに大量の投資を行うことで、戦略的に重要な核心的技術の向上を図ればよい。これはかつてのソ連と共通する全体主義的な発想である。2015年5月に発表され、のちに米国から問題視された『中国製造2025』は、そうした考えで執筆されている。
米国からの圧力の高まりを受け、中国政府は最近、この文書にはほとんど言及していない。しかし、中国ではいまも多くの人が、自国の科学技術力は西側諸国に比べてまだまだ脆弱で、だからこそ自国は西側の圧力の圧力にさらされていると考えている。彼らによって、戦略性の高い分野でイノベーションを起こす可能性のある企業を国家が支援することは、まったく不公正ではなく、むしろ指導者が行うべき当然の行為である。
習近平政権のやり方は、中国の人々に指示されている。当局と民営企業の力の差が圧倒的なため、実際問題として民営企業も、当局に寄り添った生存戦略をたてざるを得ない。
強力な指導者、習近平は、大家族としての一体性を中国社会全体に求めている。おそらく当面の間、中国社会の側もその要求をはねのけられない。中国共産党が国家形成と経済近代化で成し遂げた実績は、多くの人々に実利が提供しており、党中央に対する「父殺し」が起きる気配もない。家父長が健在な間、人々は習近平のムードにあわせ、その共同体のなかで日々の生活を営んでいくしかないのだ。