じじぃの「歴史・思想_227_人工培養された脳・生殖細胞・人工精子」

iPS細胞で特殊なメスのネズミから精子作製に成功(17/05/13)

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=8nArETE2YXM

マウス多能性幹細胞から精子幹細胞をつくるのに成功

マウス多能性幹細胞から精子幹細胞を試験管内で誘導~精子形成全過程の試験管内誘導の基盤形成~

2016年12月7日 京都大学科学技術振興機構
・マウス多能性幹細胞から精子幹細胞様細胞の試験管内での誘導に成功。
精子幹細胞様細胞は成体の精巣内で精子に分化し、健常な子孫を産生。
精子幹細胞におけるDNAのメチル化異常が精子形成不全につながることを発見。
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20161207/index.html

『人工培養された脳は「誰」なのか』

フィリップ・ボール/著、桐谷知未/訳 原書房 2020年発行

血を分けた肉体――セックスと生殖の未来を問う より

女性の不妊の一般的な原因に、加齢に伴う卵子の質低下がある。年齢を重ねてからの妊娠を望む女性は現在、若いうちに卵子を採取して、後に仕えるよう凍結保存する方法を選べるようになった。凍結処置が、その方法で生まれた子どもに健康上のリスクを招く徴候はないが、実際には、子どもが大人に成長したとき問題が現れるかどうかはまだなんともいえない。
しかし、前もって計画していなかったが、30代後半になって妊娠がむずかしいとわかったら? もしかすると、卵巣がんの手術をしたせいで卵子がまったくなかったら? ドナー卵を使うこともできるが、採取するための処置がひどく過酷なことを考えると、供給は不足しがちだ。どちらにしても、遺伝的なつながりのある子どもが欲しいのかもしれない。
それでも、望みはありそうだ――現在はまだ無理だが、うまくいけば10年か20年後には、わたしの皮膚の断片からミニ脳をつくったように、生成したiPS細胞から”人工的に”卵子をつくれるようになるかもしれない。胚のなかでは、いくつか多能性幹細胞が配偶子、つまり卵子精子になる。先に触れたように、配偶子はひと組みの染色体しか持たず、減数分裂と呼ばれる特別な方法の細胞分裂で生成されるという点で、体細胞の形成とは異なる特殊な過程を伴う。とはいえ、それがiPS細胞の能力を超えたことであるとはかぎらない。

じつのところ、その方法を使って”人工的な”卵子精子の両方を、ペトリ皿のなかでつくれるかもしれない。

どちらにも、差し迫ったニーズがある。不妊問題の少なくとも半分は、男性の精子の質低下が原因で、それはますます悪化している。1973年から2011年のあいだに、男性の精子の数はじつに50~60パーセントも減少した。出生率も同じくらい下がるという意味ではない。夫が質の悪い精子を持つ夫婦でも、妊娠までに時間がかかるだけの場合もあれば、ドナー精子を使う選択肢もあるだろう。しかし精子の質の悪さは、妊娠だけの問題ではない。精子数が少ないのは、他の進行中あるいは初期の健康問題、たとえば精巣がん、心臓病、肥満などの徴候であることも多い。憂慮すべきことに、減少の原因はよくわかっていないが、混じり合った環境因子が原因だと考えられる。偏った食生活、喫煙、男性の生殖器系の発達を阻害する汚染物質や化学物質。どちらにしても、精子数の減少は、男性のさまざまな体調不良の前兆となっているようだ。
人工精子はその幅広い問題を解決するわけではないが、精子数や質の低下による不妊を軽減できるだろう。
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しかし、幹細胞から配偶子をつくるのは、ニューロンをつくることほど簡単ではない。自然な配偶子が胚性幹細胞から発達する工程を、なんらかの形で再現する必要がある。胚性幹細胞の一部は、受精後2週間ほどで生殖細胞の運命を選択させられる。まず、いわゆる始原生殖細胞(PGC)を形成し、それらが胚のなかを移動して、生殖腺、つまり精巣と卵巣に発達する領域にたたどり着く。それによって初めて、生殖腺がどちらかの性別の特徴を獲得し始める。胚が男性なら、発生期にある生殖器の細胞の一部が、Y染色体上のSRY遺伝子から転写因子をつくり、それが生殖腺の精巣への発達を指示する。それがない場合は、既定として卵巣になる。
生殖腺に入ると、生殖細胞は周囲の組織から信号を受け取り、配偶子へと成熟するよう促される。男性の場合、精子をつくるための減数分裂は、思春期以後に継続的に起こる。女性の場合は、いずれ単数体の卵子になる卵母細胞と呼ばれる二倍体細胞(染色体が2倍ある)が、胎児のなかで減数分裂を始めるが、何年ものあいだその周期の半ばで停止したままになり、女性が思春期になってから再開する。卵母細胞は卵巣上にあるあいだに周期を完了し、その後分離して排卵中に卵管に入る。減数分裂のあいだ、PGCの染色体が獲得したエピジェネティック修飾ははぎ取られ、遺伝子は原始の多能性状態にリセットされる。
つまり、生体外で再現すべきことが山のようにある。幹細胞をPGCに変えてから、成熟させ、減数分裂させて配偶子を形成させなくてはならない。しかし、それは可能だ――少なくとも、マウスでは。

2011年、京都大学生物学者である斎藤通起と吸収大学の林克彦、その同僚たちは、成体マウスの皮膚細胞をIPS細胞に再プロフラムしてから”人工”精子をつくった。

彼らは、BMP4と呼ばれるたったひとつの転写因子を注入してIPS細胞をPGCに転換させた。次に、その人工的に誘発されたPGCを、生きたマウスの精巣に移植した。細胞はそこで、完全な精子に発達するのに必要な信号を受け取った。その精子の一部を使ってマウスの卵子を受精させると、それは胚に発達し、一見したところ正常なマウスの子が生まれた。2016年、中国のチームは、完全に生体外で人工的まマウスの精子をつくり、それを使って卵子を受精させ、雌のマウスに移植して妊娠させたと主張した。しかし、その分野で研究する他の科学者のなかには、彼らの主張を疑問視する者もいる。再現ができていないからだ。
類似の方法を準用して、女性の配偶子をつくることもできる。斎藤のチームは、同じ方法でIPS細胞もしくは胚性幹細胞でつくった始原生殖細胞をマウスの卵巣に移植し、そこで細胞を卵子へと完全に発達させた。さらに、その工程を完全に生体外で行う方法を開発した。培養したマウスの卵巣細胞からつくった一種の”人工卵巣”を使って、卵子の完全な成熟のために必要な信号を与えるという方法だ。
斎藤のチームは、ある刺激的な実験で、成体マウスにまったく介入することなく、マウスの卵子に完全な世代周期を通過させた。まず生体内でマウスの多能性幹細胞から卵子をつくり、次に成体マウスの精子を使って体外受精させた。できた胚を胚盤胞期までペトリ皿のなかで育て、その時点で、次世代の配偶子形成用のあらたな胚性幹細胞を採取することに成功した。
この実験は、これまでに開発された手法の組み合わせだが、ある意味でセックスと生殖の性質を一変させた。