じじぃの「歴史・思想_222_人工培養された脳・セックス・生命の営み」

What Happens After Fertilization? Human Embryo Development Animation Video - Blastocyst Implantation

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=ZGyh5mR2zaU

Embryo implantation into the receptive endometrium

In order for the embryo to implant in the uterus of the surrogate, the endometrium of the uterine cavity must be receptive. The uterine receptivity conditions are the trilaminar aspect and the endometrial thickness between 7 and 10 mm.
https://babygest.com/en/frozen-embryo-transfer/embryo-during-implantation/

『人工培養された脳は「誰」なのか』

フィリップ・ボール/著、桐谷知未/訳 原書房 2020年発行

体をつくる――昔ながらのヒトのつくりかた より

これまでのところ、セックスにまさるものはない。生物学的には、ということだ。ヒトをつくりたいなら、精子卵子が必要になる――配偶子と呼ばれるふたつの細胞だ。次に、そのふたつを結合させなくてはならない。その目標に向けて、膨大な量の人間の文化が注ぎこまれている。
本章では、受精卵がヒトになっていく過程を説明するなかで、発生学にいくらかの奇妙さ、適度のなじみのなさを取り戻したいと思う。つまり、ひとりひとりの始まりが、たいていは超音波画像で新しい人間の姿としてちらりと見える、優雅に体を丸めた胎児の穏やかな親しみやすさとはどれほど離れているかを示したい。
ヒトは、遺伝子による段階的方式とはほど遠い一連の指令に従って、最も基本的な形状の組織から折り畳まれ、形づくられる。不完全にしか知られておらず、不完全に実行されることも多い、細胞と環境のあいだのダンスを指揮する規則に従い、生体物質でできた粘土で成形される。
しかし、ろくろをどう回せばいいのかがわかれば、粘土からつくれるかもしれないものはたくさんある。人間が”卵から(エックス・オヴォ)”発生することについて理解が深まるにつれて、新たな可能性、新たな始まりと道筋と方向性が見えてきた。そしてわたしたちは、観察者からつくり手へ変わりつつある。
ヒトづくりについての新たな物語には必ず、セックスがもたらす(いわゆる)偏見を考慮に入れる必要がある。メアリー・シュリーは当時、その文脈を明白にはできなかった。しかし、ヴィクター・フランケンシュタインの新婚初夜に対する恐怖からは、自慰的な創造行為の奥にある性心理的な底流が感じられる。だからわたしは、精子卵子が出会う胚の話から始める学校の生物学の授業と同じ逃げ口上は使わないことにしよう。これから見ていくように、その段階では、セックスはすでに物語のなかに入り込んでいる。
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セックスには複雑な事情がある。ヒトの体細胞はそれぞれにふた組の染色体、つまり両親からひとつずつ受け継いだ各遺伝子をふたつずつ持つ。もし女性の細胞のひとつが単に男性の細胞のひとつと一体化すれば、結果としてできる細胞は4組の染色体を持つことになる。これでは多すぎるし、細胞はきちんと働かなくなる。だから、有性生殖する生物は、それぞれの染色体をひとつしか持たない特殊な細胞を発達させた。それが配偶子だ。この細胞は生殖腺、つまり卵巣と精巣にしか見られない。
配偶子は、生殖細胞と呼ばれる特殊化した細胞からつくられる。生殖細胞には、体細胞と同じくふた組の染色体がある(二倍体と呼ばれる)が、減数分裂という特別な種類の細胞分裂で、それらの染色体がきれいにぐたつに分離される。ひと組しか染色体をもたない細胞は、単数体と呼ばれる。
通常の細胞分裂(有糸分裂)では、分離に伴って染色体の複製が起こるので、それぞれの娘細胞が必要な数をすべて受け取れる。減数分裂がいっそう複雑になるのは、既存の染色体が正確にふたつに分けられ、それぞれの行き先に届けられなくてはならないからだ。
実際には、もっと厄介なことになっている。減数分裂は二段階で起こり、全体的な結果としては、ひとつの二倍体の生殖細胞が染色体を一度複製し、二度分裂して、最終的に4つの単数体の配偶子になる。有糸分裂の場合は、染色体が分裂する過程で、線維性タンパク質でできた紡錘のような構造が使われる。染色体がその線維にくっついて、分裂しかけた細胞のふたつの突出部に位置する紡錘体の両極に引っぱられる。
重要なのは、この過程で染色体が部分的に組み替えられることだ。思い出してほしい。減数分裂前の生殖細胞は、母親からの23種類の染色体ひと組と、父親からのもうひと組を持っている。各染色体が紡錘体のどちらの極に引っぱられるかはランダムなので、生殖細胞の分裂でできた二倍体細胞は、母親と父親の遺伝子のランダムな組み合わせをもつ。次の過程で最終的にできる単数体の配偶子は、すっかりまぜこぜになったひと組の染色体になる。染色体はぜんぶで23対あるので、2の23乗、つまり約800万の組み合わせがあるということだ。卵子精子が結合すれば、同じ幅広い選択肢があるもう一方の配偶子と結びつくのだから、性行為は遺伝的な多様性を生み出すのによい方法であることがわかるだろう。
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胚の運命はもっぱら、子宮内膜への着床がうまくいくかどうかにかかっている。もしうまくいかなければ――約50パーセントはそうなる――胚は月経周期のなかで排出される。着床の失敗は、対外受精周期がうまくいかない一般的な理由のひとつだ。胚盤胞内での分業が、胚盤葉上層を囲む細胞、胎児の一部にはならない細胞を優先しているように見えるのも当然だろう。着床がなければ、そこでおしまいなのだから。
着床は、胚と子宮内膜細胞間のホルモンとタンパク質の対話を伴う、繊細で複雑な過程だ。ある意味では、受精そのものより繊細で複雑といえる。たとえば胎盤は、胎盤胞の栄養膜細胞層からだけでなく、脱落膜と呼ばれる母親の組織からもつくられる。異なる遺伝子構造を持つ2種類の細胞が、生命維持に不可欠なひとつの器官をつくるため、ともに働く必要がある。感情に訴える擬人化を使った比喩なら、着床は母と”子ども”の組織間の親密な共同作業と表現するところだろう。しかし同時に、胎盤胞が子宮組織を”侵害”しているという言い方もできる。ひとつの”生物”が、生存のためもうひとつの生物に入植しているのだ。どちらも物語であり、どちらも出来事の中立的な説明とはいえない(そう、どちらもだ).
もうすぐ最高の時がやってくる。