じじぃの「歴史・思想_226_人工培養された脳・キメラ生物・ヒト細胞をもつブタ」

Human-pig Hybrid Chimera’s Achieved

February 2nd, 2017 KEEP the FAITH
Scientists have created a human-pig hybrid in what is called “a milestone study” that raises the prospect of being able to grow human organs inside animals for use in transplants. This is the first time that embryos combining two large, distantly-related species have been produced. This so-called chimera has been hailed as a significant first step towards generating human hearts, livers and kidneys from scratch.
https://ktfnews.com/human-pig-hybrid-chimeras-achieved/

『人工培養された脳は「誰」なのか』

フィリップ・ボール/著、桐谷知未/訳 原書房 2020年発行

予備部品工場――再プログラムされた細胞から組織や器官をつくる より

人間のあらゆる器官を培養することは、研究者たちの昔からの夢だった。アレクシス・カレルが愛弟子のチャールズ・リンドバーグとともに、人工容器に入れたヒトの器官に血漿を灌流させて生かしておくことに取り組んでいるあいだ、究極の目的としたのは”全器官の培養”だった――1935年の《サイエンス》で、このふたりが発表した論文のタイトルだ。論文には、その種のことは何も報告されていなかったが、カレルは灌流されたネコの卵巣に新たな組織が増殖しているのをみて、器官は構成細胞を使って自らを形成できるはずだと結論づけた。
同じく1935年に発表された著書『人間――この未知なるもの』で、カレルはこう書いた。「分離された細胞は、指令モ受けず目的もないのに、それぞれの器官の特徴を持つ構造を再生するという並外れた力を持つ」さらに続けて、「器官はどう見ても、これからつくられる構造を知っているかのような細胞から発生し、血漿に含まれる物質から建築資材だけでなく作業員まで合成する」それはまるで魔法のようで、極端な合理主義者のカレルでさえ少しばかり飾った表現を自分に許し、こう書いている。「器官は、過ぎし時、子どもたちに語り聞かせたお話に登場する妖精のしわだかと思えるような手段で発達する」カレルは、この魔法が別の魔法につながることを期待した。つまり、実験室でつくられる器官を絶え間なく更新することで可能になる不死だ。
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あらかじめ決められた形の人工器官を培養するもうひとつの方法は、合成ポリマーの足場なしで済ませ、かわりに実際のドナー器官の”骨格”を使うことだ。器官の細胞は、細胞外基質と呼ばれるしっかりしたネットワーク、細胞が分泌するさまざまな生体分子でできた網状組織で互いに結びついている。動物の組織でな、これらはたいてい糖ベースのポリマー(多糖)、コラーゲンや弾力のあるエラスチンなどの線維形成タンパク質だ。細胞の表面には、その基質成分にしっかり貼りつく分子がある(コラーゲンは細胞外基質の成分だからこそ、あれほどよい人工足場の材料になる)。
要するに、洗浄剤と酵素を使ってドナー器官の元の細胞をすべて洗い落とし、”脱細胞化”した基質だけを残してから、患者の細胞をそこで培養するという発想だ。ドナーの細胞はまったく残っていないので、ブタの心臓など動物の器官も、ヒトの器官を培養する脱細胞化支持材として使える。
皮膚のような単純な軟部組織では、脱細胞化はすでに、たとえばブタやウシ、さらにはヒトの皮膚(真皮)や腸を使って市販製品をつくるのに使われている。マーティン・バーチャルは、ブタとヒトの両方から採取し、脱細胞化した気管の足場を使って実験を行った。じつのところ、2008年にスペイン患者に行った手術では、死亡した51歳の女性から採取した気管の一部が使われた。複雑な器官については、研究はまだ動物実験から先へは進んでいない。肺、腎臓、心臓はすべて、ラットの脱細胞化した足場で培養されているが、その後に行われた移植の結果はまちまちだ。たとえば、ラットの腎臓は尿のような液体をつくったが、肺はすぐに液体で満たされてしまった。
2013年、ピッツバーグ大学医学部のチームは、マウスの足場でヒトの”ミニ心臓”を培養したことを報告した。彼らは、脱細胞化したマウスの心臓に、iPS細胞から培養したヒト細胞を植えつけて、心臓血管組織の前駆細胞をつくった。細胞は足場じゅうに広がっただけでなく、心臓の特殊化された、細胞型、つまり心筋細胞、他の筋細胞、血管系を形成する内皮細胞などに分化した。チームは、20日にわたって成長因子を含む培養基を人工器官に灌流させた。その時点で、人工心臓は、毎分40~50回の速度で自発的な収縮を見せ始めた。一応、心拍と言っていいものだった。また、ヒトの心拍作用に影響を与えることが知られている薬剤に反応した。
皿に収まったマウスサイズのヒトサイズのヒトの心臓が、鼓動した? まあ、ある意味ではそうだ。しかし、心臓が収縮したからといって、きちんんと働いているとはかぎらない。とはいえその結果は、ヒトサイズの心臓を、対応可能な脱細胞化した器官、たとえばブタの器官からつくるうえで、明るい先行きを示した。
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現代の厳密な意味でのキメラ(同一の個体内に異なる遺伝情報を持つ細胞が混じっている状態や、そのような状態の個体のこと。異質同体である)生物は、単にその神話的な起源を思い出させるだけではない。それを描出したものなのだ。実際に、異種間の組織を混ぜ合わせている。NIHは、2015年にその研究を停止させたあと、公的な協議を行った。意見を述べた数千人のうち過半数が、キメラの研究に反対した。とはいえ、こういう疑念をいだくのは悪いことではない。人々は知識不足なわけでも、思慮に欠けるわけでも、テクノロジー嫌いなわけでもない(少なくとも完全には。多くの人は、キメラをつくるにはヒト胚が必要だと誤解していた)。すんなりと受け入れられるようになるには、”自然界の秩序”についての人々の直感を、大幅に整理し直さなくてはならないわけだ。
そういう反対意見は改めるべきだというわけではない。個人的には、再生医療のためのキメラを禁じるのが正しい決定だと思わないが、その意見を支持するうえでの哲学的な戦略は、何も提示できそうにない。わたし自身も、ヒトの器官の媒介動物としてブタを育て、時が来たら殺して解体するという考えには居心地の悪さを感じる。しかし、ブタ肉やベーコンを食べる人間にとっては、筋の通らない態度だと認識している。食肉解体は、ヒトの食欲を満たす以上の目的を果たしているわけではないのだから。
ただし、ヒトの肝臓を持つブタの存在そのものに、不自然な、礼儀違反のようなものがあるとは思わない。そういう組み合わせは人々の経験とはまったくそぐわないので、よりいっそう不穏な想像図に変わってしまいやすい。だとしても、人間の本能的な反応は、幻想に基づいている。つまり、人間とは統合された侵すことのできない完全体で、均質な生物学的固有性を持つ明確に定義された存在であるという幻想に。

自分たちがともに進化し、ともに発達した細胞の共同体であることに気づいてしまえば、腸に共生細菌が棲んでいるという概念と同じく、ブターヒトキメラも、それほど不自然でも不快でもないように思えてくる。疑問はただひとつ、細胞同士がうまくやっていけるのか。ということだ。