じじぃの「歴史・思想_175_地球に住めなくなる日・突発融解」

North Pole melting evolution | ACCIONA

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=AXt-pPHKp-0

『地球に住めなくなる日』

デイビッド・ウォレス・ウェルズ/著、藤井留美/訳 NHK出版 2020年発行

第2部 気候変動によるさまざまな影響

水没する世界 より

私たちは新しい海岸線にどこまで対応できるのか。すべては海面が上昇する速さしだいだが、それでも残り時間がはっきりしてきた。パリ協定の草案を練っていたころは、平均気温が数度上昇しても南極氷床はびくともせず、今世紀末の海面上昇も1メートルにはならないと思われていた。つい2015年のことだ。ところが同じ年のアメリカ航空宇宙局NASA)の調査で、この見込みは都合が良すぎることが暴かれた。1メートル弱の予測は最大値ではなく、最小値だと判明したのだ。2017年にアメリカ海洋大気庁(NOAA)は、今世紀中に2.4メートルもありうると発表した。東海岸では、暴風雨がなくても満潮だけで浸水が起きる「晴れた日の洪水」という言葉まで生まれている。
2018年には事態悪化の加速を物語る研究結果も発表された。南極氷床が融ける速さはこの10年で3倍にあったというのだ。1992~1997年に消失した氷は年平均490億トンだったが、2012~2017年には年2190億トンになっていた。2016年に気候科学者ジェームズ・ハンセンは、氷の融解が10年ごとに2倍に増えるようだと、海面上昇は50年で数メートルになると指摘する。しかし最新の研究では、わずか5年間で2倍どころか3倍になっていたのだ。1950年代以降、南極大陸が失った氷棚(ひょうほう)は3万4000平方キロメートルにもなる。その運命は、これから10年間に人間がどんな対策をとるかにかかっている。
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グリーンランドの氷床は、わずか1.2℃の温暖化で融解がとまらなくなる臨界点に達するという研究もある(すでに平均気温は1.1℃上昇しているから、もう後がない)。この氷床が融けるだけでだけで、海面は6メートル上がり、マイアミとマンハッタン、ロンドン、上海、バンコク、ムンバイが水没する。このまま無制限に二酸化炭素を排出していたら、2100年までに平均気温は4℃以上高くなる。ただし上昇幅は一様ではなく、北極ではなんと13℃にもなる。
2014年、西南極氷床とグリーンランド氷床は予想以上に融けやすくなっている事実が判明した。西南極氷床についてはすでに崩壊に向かう臨界点を超えており、氷消失の速さは5年で2倍以上に加速している。グリーンランドも同様で、氷床が1日に10億トン近く消えている。もしどちらかでも氷が全部融けたら、地球の海面は3~3.6メートル上昇するだろう。2017年には、東南極氷床の2つの氷河も年180億トンの勢いで融けていることが報告された。氷河が完全に融けたら、海面は4.9メートル上昇すると予測される。これらを合計すると、南極の3つの氷床が消えると海面は60メートル高くなることになる。世界各地の海岸線は何キロメートルも内陸へ移動するだろう。科学ジャーナリストのピーター・ブラネンによると、地球の温度がいまより4℃高かった時代、南極にも北極にも氷は存在せず、海面は79メートル高かった。北極圏にヤシが生えていたのだ。赤道付近がどんな環境だったか、想像もしたくない。

欧米、アジアの都市が水没

氷の融解はそれだけで完結する現象ではない。これが引き金となってどんな崩壊が始まるのか、まだ把握しきれていないのが現状だ。心配の種のひとつがメタンである。北極圏の永久凍土には、いま地球の大気中に存在する量より多い1兆8000億トンの温室効果ガスが閉じこめられている。これが融けることで、二酸化炭素より温室効果が数十倍も強いメタンが放出されるのだ。
私が気候変動のことを本気で調べはじめたころは、北極圏の永久凍土からメタンが放出される危険はきわめて低いとされていた。研究者たちもこの問題は検討に値しないととらえて、「北極のメタン時限爆弾」「死のげっぷ」などとふざけた呼びかたをしていた。しかしその後、ありがたくないデータが次々と報告されるようになる。

ネイチャー誌に掲載されたある論文は、すでに進行している「突発融解」によって、北極圏の永久凍土からメタンの放出が急速に進む可能性があると指摘した。

大気中のメタン濃度は近年大幅に上昇しているが、その発生源がわからず、研究者は首をかしげていた。ところが最新の研究で、北極圏の湖から出るメタンの量が、今後倍増しそうなことが判明した。これが最近始まったことなのか、私たちがようやく気づいただけなのか、それはわからない。メタンの大量放出はないという認識がなおも主流ではあるが、可能性が完全にゼロではないリスクに注目し、まじめに検討する意味があることを新しい研究が教えてくれた。いくら確率が低いからといって、話題にもせず放置していたら、その後研究が進んだときに不意打ちを食らうことになる。
永久凍土が融けていることは疑問の余地がない――カナダではこの半世紀に凍土の境界線が130キロメートル近く後退した。IPCCの最新の評価では、地表近くの永久凍土は2100年までに37~81パーセント失われると予測する。ただし温室効果ガスの放出はゆっくりで、しかも二酸化炭素がほとんどだろうというのが多くの科学者の見解だ。しかし2011年、アメリカ海洋大気庁(NOAA)と米雪氷データセンターは、カーボンシンク(炭素吸収源)である永久凍土が融解すれば、早ければ2020年代には炭素排出源に転じると予測し、2100年までに北極が出す炭素は1000億トンになると指摘した。産業革命以降、人類が生みだした炭素の半分に相当する。