じじぃの「歴史・思想_169_銃・病原菌・鉄・進化の産物としての病原菌」

Top 10 Worst Epidemics in History

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=tefAgSl-SWs

Children wait in line for immunization shots

Lessons for dealing with coronavirus: A tale of two cities - and smallpox

March 12, 2020 Bulletin of the Atomic Scientists
https://thebulletin.org/2020/03/lessons-for-dealing-with-coronavirus-a-tale-of-two-cities-and-smallpox/

銃・病原菌・鉄: 1万3000年にわたる人類史の謎(上)、ジャレド・ダイアモンド著、倉骨彰訳、草思社(2000年)

【上巻目次】
第3部 銃・病原菌・鉄の謎
第11章 家畜がくれた死の贈り物
動物由来の感染症/進化の産物としての病原菌/症状は病原菌の策略/流行病とその周期/集団病と人口密度/農業・都市の勃興と集団病/家畜と人間の共通感染症/病原菌の巧みな適応/旧大陸からやってきた病原菌/新大陸特有の集団感染症がなかった理由/ヨーロッパ人のとんでもない贈り物
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20141209/1473579333

『銃・病原菌・鉄 (上)』

ジャレド・ダイアモンド/著、倉骨彰/訳 草思社 2000年発行

家畜がくれた死の贈り物 より

進化の産物としての病原菌

病原菌は、その進化の過程で、ある個体(動物または人間)から別の個体へ感染するためのさまざまな手段を編みだしてきた。自然淘汰においては、うまく伝播して感染個体の数を増やすことができ、より多くの子孫を残すことができる病原菌が結局は生き残る。病気になったときに出てくるさまざまな「症状」は、じつは、病原菌が感染を広げる手段に人間を使おうとして、感染個体の体のはたらきをいろいろ巧妙に変化させていることの表れなのである。
自分の子孫を広めるためにもっとも何もしない病原菌は、受動的に、つぎの犠牲者にうつされるのを待つタイプである。たとえば、すでに感染している卵や肉を食べた人間に感染するサルモネラ菌も、誰かが口にしてくれるのをじっと待っている。旋毛虫症を引き起こす寄生虫は、十分に火の通っいない豚肉を食べた人間に感染する。寄生虫が引き起こすアニサキス症は鮨(すし)好きの日本人や、最近ではアメリカ人がときたま生魚を食べてかかる。こうした寄生虫は、動物を食べた人間にうつるが、ニューギニア高地の笑い病(クール―病)の病原体は、人肉を食べた人間に感染した。食人(カニバリズム)のあったニューギニア高地では、母親が料理していた感染者の脳に触った赤ん坊が指をなめたのがもとで笑い病にかかることもあった。
病原菌のなかには、感染個体から昆虫の唾液経由で別の個体に感染するタイプもある。マラリアを媒介する蚊、ペストを媒介するノミ、チフスを媒介するシラミ、睡眠病を媒介するツェツェバエなどは、病原菌をただ乗りさせる昆虫である。受動的に感染する病原菌でもっともたちの悪いのは、妊娠中の母親から胎児にうつるタイプである。梅毒、風疹、そしてエイズは、こうした感染をするので、性善説を信じる人びとは、倫理的なジレンマと闘わなくてはならない。
病原菌によっては、早く別の個体に感染できるように、感染者の体のはたらきを変化させるものがある。梅毒にかかれば性器が腫れる。この症状は、人間から見れば屈辱的な不快感でしかないが、梅毒菌にとっては、新しい感染者を増やすための仕掛けである。天然痘は皮膚に発疹を生じさせ、天然痘患者との接触を通じて直接的に伝播することもあれば、感染者の使用した衣類や寝具を介しての間接的伝播もある(白人は、「好戦的な」アメリカ先住民に、天然痘の患者が使っていた毛布を贈って殺すということもしている)。
もっと強烈な手段で伝播するのが、インフルエンザ、風邪、百日咳に代表されるタイプである。これらの病原菌は、感染個体に咳やくしゃみをさせ、新たな犠牲者にうつっていく。コレラは、感染個体にひどい下痢を起こさせ、新しい犠牲者となる可能性のある人の、飲料水の供給源に入り込んでいく。腎症候性出血熱(韓国型出血熱)を引き起こすウイルスは、ネズミの尿に入り込んで広まる。感染個体の体の働きを変えてしまうことにかけては、狂犬病のウイルスに勝るものはない。このウイルスは、感染した犬の唾液に入り込むだけでなく、犬を凶暴な興奮状態におとしいれて噛みつかせては、その唾液を介して新たな犠牲者に伝播する。しかし、病原体自身がいろいろ動きまわるという点では、鉤虫や住血吸虫にかなうものはない。これらの寄生虫の幼虫は、感染個体の排泄物に混じって河川や土壌に出てきて、みずから活発に動きまわって、つぎの犠牲者の肌に穴をあけて入り込むのである。
このように、性器の炎症、下痢、そして咳は、人間から見れば、「病気の症状」にすぎない。しかし、病原菌から見れば、進化の過程を通じて獲得した、より広い範囲に伝播するための方法なのである。

症状は病原菌の策略

感染に対する人間の体のもうひとつの反応は、免疫システムの動員である。人間の体では、白血球などの細胞が侵入した菌を探しだして殺そうとする。いったん感染症にかかると、その病原菌に対する抗体が体内にできて、同じ感染症に再度かかりにくくなる。しかし病原菌の種類によっては、抗体が長続きしない。誰もが知っているとおり、インフルエンザや風邪に対する抵抗力は一時的なもので、人は何度もインフルエンザにかかったり風邪をひいたりする。その逆に、麻疹、おたふく風邪、風疹、百日咳、天然痘などについては、一度感染して抗体ができてしまうと、終生免疫が体内にでき、そうした病気には二度とかからなくなる。ワクチンはこの原理を逆手にとったものである。死んだり弱められた病原菌株をわれわれの体に接種して、実際に病気になることなく、その病気に対する抗体(免疫)をつくらせるのである。
ところが、病原菌によっては、われわれの体の免疫防御をもってしても侵入をふせぐことができないものがある。そうした病原菌は、人間の抗体が認識する抗原と呼ばれる部分を変化させ、人間の免疫システムをだますのである。インフルエンザがしょっちゅうはやるのは、抗原の部分がちがう新種のインフルエンザウイルスが登場しつづけているせいである。したがって、2年前にインフルエンザにかかった人も、今年のウイルスが新種であれば、そのウイルスに対する抗体を持っていない。マラリアや睡眠病も、素早く抗原部分を変化させる能力においては、インフルエンザウイルスの上をいくが、もっともやっかいなのはエイズウイルスである。このウイルスは、感染者の体内で増殖しながら抗原部分を変化させることでつぎつぎと変身し、患者の免疫システムを無力化させて、やがては死においやってしまうのだ。
世代が代わるときにわれわれの遺伝子を変化させる自然選択も、病原菌に対する防御メカニズムの1つであるが、これは作用するまでもっとも時間がかかる。たとえば、どの病気であろうと、他の人びとにくらべて遺伝的に強い抵抗力を持っている人がいる。疫病が大流行したときでも、その病原菌に対する遺伝子を持っている人びとは、持っていない人びとより生き残れる可能性が高い。ということは、歴史上、同じ病原菌に繰り返しさらされてきた民族は、その病原気に対する抵抗力を持った人々の割合が高い――そうした遺伝子を持たなかった不運な人びとの多くは、死んでしまって(自然淘汰されてしまって)、子孫を残せなかったからである。