じじぃの「科学・芸術_932_ウェールズ・不思議の国のアリス」

Alice's Adventures in Wonderland

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=4Cu0OUcu7E4

Llandudno, Wales

ウェールズを知るための60章 吉賀憲夫(編著) 発行:明石書店

英国を構成する4つの「国」の1つウェールズ。最も早くイングランドに併合されたが独自性を保ち続け、英語と全く異なるウェールズ語を話せる若者も少なくない。アーサー王伝説のルーツを持ち、海苔を食すなど日本との意外な共通点もあるウェールズを生き生きと紹介する。
Ⅰ ウェールズの風景
第5章 観光リゾート地――水彩画家を魅了した村や『不思議の国のアリス』が誕生した町
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784750348650

ウェールズを知るための60章』

吉賀憲夫/編著 赤石書店 2019年発行

観光リゾート地――水彩画家を魅了した村や『不思議の国のアリス』が誕生した町 より

スノードニア国立公園内のコンウィの谷にベトゥス・ア・コイドという村がある。緑の渓谷、渓流に架かる古い橋、岩場を流れ落ちる「スワロー滝」、少し離れたところには、美しい湖のあるまるで絵のようなカペルキリッグの村などがある。画家のJ・M・W・ターナー1798年にベトゥス・ア・コイドを訪れ、ポンド・ア・パイヤー橋のスケッチを描いている。ヴィクトリア朝時代には、交通の便も良くなり、ロマンチックな景色が楽しめる有名なリゾート地になり、イギリス中から多くの富裕層が訪れた。ジョージ・ボローは『ワイルド・ウェールズ』の中で、「イギリスのあらゆる地域の優雅なジェントリが、夏に木陰と休養を求めてやって来る」と述べている。この村の景観に魅了され、多くの画家もやってきた。
ターナーと同時代人のデイヴィッド・コックスは、1813年に『水彩風景画論』を出版した風景画におけるバーミンガム派の重鎮で、イギリス水彩画の黄金時代を担った画家のひとりであった。彼はイングランド各地での絵画教授の仕事から引退し、生まれ故郷のバーミンガムに戻った後、1844年から56年にかけて毎夏この村を訪れ、近郊の景観を水彩画や油絵に描いた。そればからか、村のロイヤルオークホテルに居を定めた彼は、このホテルのパブの看板も描いている。この村には美しい風景を求めてさらに多くの風景画家が集まり、夏ごとにコックスを中心としたイギリスで最初の画家コロニーができあがった。彼の死後この村にも鉄道が敷かれ、より多くの人々が訪れるようになり、かつての静けさはなくなり、多くの画家たちはコンウィの谷の他の村へ移っていった。
このような渓谷美を楽しむリゾートもあれば、海辺のリゾートも数多くある。
スランディドノはコンウィ近くのアイリッシュ海に突き出た半島にある海辺の町である。ヴィクトリア朝の美しい建物が海岸に沿ってアーチを描いて建ち並び、「ウェールズのリゾート地の女王」と呼ばれている。
スランディドノは『不思議の国のアリス』が誕生した町と言われる。著者ルイス・キャロルが「アリス」のモデルとしたのは、オックスフォード大学クライスト・チャーチ学寮長ヘンリ=ジョージ・リデルの娘アリス=プレザンス・リデルである。リデル一家はスランディドノ西岸に別荘を建てて、夏を過ごした。「ペンモルヴァ」と呼ばれたこの家は後にホテルになった。一家と親しかったキャロルもきっとこの町に一家を訪ねたに違いない。そしてその際に見た丘のウサギ穴や、グリフォンやまがい海亀を連想させる砂山などから物語の着想を得たのだという説がある。この説によればスランディドノは物語の誕生の地と言える。
だが実は、ルイス・キャロルがこの地を訪れたかどうかははっきりしない。筆まめなキャロルの日記にスランディドノ訪問が記されておらず、また物語誕生前の4年間の日記に欠落もある。ロジャー・ランスリン・グリーンは伝記『不思議の国のアリス』の中で、キャロルが一度もそこを訪れていないのはおそらく間違いないだろうと述べている。
キャロルが訪れていなくても、モデルとなったアリスが家族とともに何度もスランディドノで夏を過ごし、町を歩き回ったことは確かである。『不思議の国のアリス』は今では観光の目玉のひとつである。町のあちらこちらに、アリスをはじめ白ウサギやチェシャ猫、狂った帽子屋、ハートの女王など『アリス』に登場するキャラクターの木彫りの像が配置されている。