恐怖心の喚起 より
地下鉄サリン事件のとき、私がサリン中毒になったので、あらかじめ指示があったとおりに、送迎役の信徒が車で教団の付属病院に連れて行ってくれました。ところが、病院関係者に話が伝わっておらず、事情がわからないようでした。しかし、私はサリン中毒と伝えられませんでした。「ヴァジラヤーナの救済」の任務に関することを関係者以外に話すと悪業になったからです。結局、私は病院での治療を断念し、医師の林郁夫のいる集合場所に行き、治療を受けました。
また、地下鉄サリン事件で逮捕された後、教団の指示どおりに当番弁護士を1回お願いして、拘留場所を教団に伝えましたが、上記と同じ理由で事件に関する相談はできませんでした。常識的には、弁護士に相談しながら取り調べを受けます。また、それをしないことには、連日10時間の取り調べが続くなか、自らを孤立させることになるとされています。
これらのことは、重大事件で逮捕された状況において、極めて不利です。しかし、悪業となる行為はできませんでした。
さらに、事件の動機である「ヴァジラヤーナの救済」の教義と麻原の地下鉄サリン事件の関与については、供述すると無間地獄(宇宙の創造から破壊までより長い期間苦しむ地獄)に転生しかねないので――また、この教義を聞く資格のない人に話すと誤解され、その人が将来にわたって救済されなくなるともいわれていました――、この事件の捜査期間内には供述できませんでした。
取り調べの最終日、事件の核心部分を追求する検察官と、悪業を犯すまいとする私との間に必死の攻防がありました。
問 麻原尊師のことや事件の動機、目的も話さなければ、反省したとはいえないのではないか。
答 ……
問 話せない理由は何か。
答 お話しできません。
問 では、こちらから質問する。今回の事件はヴァジラヤーナの教義に基づいたものではないか。
答 答えられません。
問 ヴァジラヤーナでは、「ポア」のために他人の命を絶つことも許されるのではないか。
答 答えられません。
問 その教えを麻原尊師が説かなかったか。
答 答えられません。
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私が教義に疑問を抱き、脱会に至るまでには、次のように、悪業とされる行為をすることへの慣れが必要でした。
逮捕された後、供述すると悪業になる内容について、私は取調官の追求を受けるようになりました。しかし、それでも、はじめはまったく供述できない状態であり、追求の外力に身を引きちぎられるように感じました。そのような状況において、私は軽度の悪業となる内容から少しずつ供述せざるを得ませんでした。
私が最初に話したのは、地下鉄内で自分がサリンを発散させた単独行動の部分でした。事件に関してかなりのことが既に明らかになっていた状況であり、個人的な行為として供述するならそれほど悪業にならないと思ったのです。
その後、黙秘と供述を何度も繰り返して、長期間かけて動機の「ヴァジラヤーナの救済」の教義のことや麻原の事件の関与について供述できるようになりました。