じじぃの「歴史・思想_24_移民・J・S・ミル(哲学者)」

376 illegal immigrants tunnel under border wall in Arizona

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=nJFxELsx4NI

移民(Immigrants)

ニューズウィーク日本版』2019年5・28号

ニュースを読み解く哲学超入門

哲学は必ずしも現実と無縁な象牙の塔で生まれたのではない。ナポレオン皇帝のドイツ侵略がフリードリヒ・ヘーゲル(1770-1831)の歴史観を、大英帝国の繁栄と矛盾がJ・S・ミル(1806-73)の経済哲学を、ナチスの蛮行がハンナ・アーレント(1906-75)の政治分析を、息苦しい管理社会がミシェル・フーコー(1926-84)の社会観察を生んだ。
危機が生んだ人類の英知こそが新たな危機に対する一番の処方箋となるだろう。
いま渦中にある米中対立を見て、ヘーゲルなら、そこに古代中国から欧米近代社会へと西進した、世界史における覇権のダイナミズムを読み取るかもしれない。
また中国における人権抑圧や、米大手IT企業GAFAなどのビッグデータ活用による監視社会はどうだろうか。そうした「のぞき見」横行に対して、フーコーなら個人のプライバシー侵害だけでなく、人間の「動物化」を指摘するだろう。
移民元年となり、外国人労働者に対する期待と不安が広がる日本。J・S・ミルなら、先進国の幸福を向上させるために、移民は排除すべき存在とみなすのか。それとも受け入れるべき人材とみるのか。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/05/post-12161.php

ニューズウィーク日本版』2019年5・28号

ニュースを読み解く哲学超入門 移民は排除すべき不孝の元凶か

ジョン・スチュアート・ミル(1806年~73年) より

イギリスの哲学者。
功利主義の祖である哲学者ジェレミーベンサムの思想的伴走者であった歴史家ジェームズ・ミルの長男に生まれ、徹底した英才教育を受けた。滞在先の南フランスで病死した。
ジョン・スチュアート・ミルの思想は、ベンサムの批判的な受容の中で形作られた。市民社会論の古典『自由論』や『論理学体系』『代議政治論』『経済学原理』『功利主義論』など、他分野にわたる多くの著作がある。功利主義の意義と限界を考え抜いた最初の哲学書として、ミルの哲学は現在でも意義を失っていない。

移民は排除すべき不孝の元凶か より

移民を積極的に受け入れるべきか、流入を規制すべきか。先進国の世論を分断することの厄介な問いの答えを、19世紀のイギリスの哲学者、経済学者ジョン・スチュアート・ミルの経済哲学に求めれば、「移民受け入れは最大多数の最大幸福につながる」との結論になるだろう。
ミルは移民について論じているわけではないが彼の著書には次のような考察がある。
「人々が異質な人々、思考・行動様式が異なる人々、なじみのない思考・行動様式を持つ人々と触れ合うことの大切さはいくら強調しても足りない。そうしたコミュニケーションはいつの時代にも、そして、とりわけ現代において、大きな進歩をもたらす」
功利主義では、個人が幸福を追求することにより、サウ大多数の最大幸福が達成されると考える。といっても、なりふり構わず自己利益を追求すればよい、ということではない。
功利主義の特徴は公平性と行為者中立性である」と、ミルは論じている。言い換えれば、個人の幸福の追求は、他者の幸福の犠牲にしたものであってはならない、ということだ。ミルによれば、私の幸福もあなたの幸福も、見知らぬ誰かの幸福も、同じ重みを持つ。誰もが他者の幸福を尊重しつつ、おのれの幸福を追求することで、社会全体の福利が向上するのである。
では、より良い暮らしを求めて先進国に流入する移民は、ポピュリスト政治家が叫ぶように「雇用を奪い、社会保障にタダ乗りし、治安を悪化させ」て、先進国の人々の幸福を犠牲にしているのか。
答えは「ノー」だ。移民の流入により先進国の人々の生活水準は向上する――多くのエコもミスとがデータに基づいてそう結論付けている。
高齢化が進む先進国では、医療保健と公的年金制度をどうやって持続させるかが最大の懸案事項となっている。これを解決するには人口の増加と経済の効率化が必要なことは言うまでもない。移民の流入は即時的にこの2つの解決策に貢献するし、移民2世3世が生まれ育つことで将来的にも貢献する。
移民の流入により、経済が活気づき、新たなビジネス、新たな雇用が生まれる。若い労働力の増加がベビーブーム世代の引退を埋め合わせる。
経済的な効果だけではない。移民は多様な文化をもたらすばかりか、受け入れ国の人々以上にその国の伝送や習慣を大切にすることが調査で分かっている。ミルが生きていれば、移民排斥は愚の骨頂だと言うだろう。