じじぃの「歴史・思想_21_米中対立・ヘーゲル(哲学者)」

アメリカと中国、激突の覇者は

ニューズウィーク日本版』2019年5・28号

ニュースを読み解く哲学超入門 米中対立を哲学者ヘーゲルならこう見る、歴史の方向性は「自由の実現」だが...

<18~19世紀の哲学者ヘーゲルによれば、世界史の覇権は古代中国から欧米近代社会へと西進した。米中対立など現代社会の難問も、哲学で読み解けば解決策が見えてくるかもしれない>
危機が生んだ人類の英知こそが新たな危機に対する一番の処方箋となるだろう。

いま渦中にある米中対立を見て、ヘーゲルなら、そこに古代中国から欧米近代社会へと西進した、世界史における覇権のダイナミズムを読み取るかもしれない。

ヘーゲルが論じたのは、歴史は単なる出来事の羅列ではなく、明確な方向性を持っているということ」そしてその「方向性とは『自由の実現』」だ(萱野稔人津田塾大学教授による特集の論考「アメリカと中国、激突の勝者は」より)。覇権は地球を一周して、再びアジアへ回帰するのだろうか。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/05/post-12161.php

ニューズウィーク日本版』2019年5・28号

ニュースを読み解く哲学超入門 執筆者 萱野稔人津田塾大学教授)

フリードリヒ・ヘーゲル(1770-1831) より

ドイツ(プロイセン)の哲学者。18世紀ドイツの哲学者イマヌエル・カントの影響下で生まれた「ドイツ観念論」と呼ばれる思想運動の完成者。コレラに罹患し急逝した。
フリードリヒ・ヘーゲルの哲学は「弁証法運動」をめぐる体系と言える。種子が殻を破ることで芽を伸ばせるように、全てのものは自己矛盾が原因で自壊するが、その中から新たなものを生み出す(アウフヘーベン)。この繰り返しの中で全ては矛盾をはらみながら真理へと少しずつ近づき、やがて絶対者として完成する。
あらゆるものが絶対的真理に向かうという、究極の合理主義であるヘーゲル哲学の反論は、現代哲学の一大テーマとなっている。

アメリカと中国、激突の覇者は より

中国の国力がアメリカに迫るにつれ、米中対立が激しさを増している。
この対立は貿易戦争どころか、もはや地球規模での覇権争奪戦といってよい。長らくマルクス主義者が「アメリカの覇権を許すな」と叫んだように、第二次世界大戦後、アメリカは政治と経済の両面で世界の中心に位置し、るーるを定める側に回ってきた。世界最強の軍事力で自由貿易体制を守り、基軸通貨ドルの供給者として金融システムを維持してきた。アメリカに物を買ってもらって成長を遂げた日本もまた、アメリカの覇権下にあった。
だが近年、中国が猛追する。「一帯一路」もまた、アメリカの手が届きづらいユーラシア大陸で、中華経済圏をつくるための構想だ。
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米中どちらが覇権戦争を制するかによって、世界秩序を在り方が決まる。日本も今までどおり対米同盟をしっかり組んでおけばいいのか、勝機高まる中国と距離を縮めたほうがいいのか、の選択に迫られている。
その意味で、19世紀ドイツの哲学者フリードリヒ・ヘーゲルは、米中戦争をどう読み解いただろうか。ヘーゲルは当時、イギリスとフランスの覇権争奪戦となったナポレオン戦争を目撃していた。ナポレオンの死の翌年、ヘーゲルベルリン大学で「世界史の哲学」講義を開講。晩年まで続けられた講義はその後、弟子によって『哲学歴史講義』(邦訳・岩波書店)として刊行された。
ヘーゲルが論じたのは、歴史は単なる出来事の羅列ではなく、明確な方向性を持っているということだ。当時、ナポレオンによってフランス革命の理念が広がり、ヨーロッパ各地で近代国家が生まれた。その過程を目の当たりにしたドイツ人としての衝撃が『哲学歴史講義』に表れている。
ヘーゲルが明らかにした方向性とは「自由の実現」。今の言い方なら、民主主義が実現する過程だ。政治制度が民主主義の発展を目指すにつれ、自由を手にした市民による資本主義経済が発展し、国家の在り方も変わっていく。
その流れをヘーゲルは「世界史は野放図な自然のままの意思を訓練して、普遍的で主体的な自由へと至らしめる過程」と説いた。
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この図式でいけば、今の米中対立の行方はどうなるのだろうか。一党独裁で政治的自由が存在しない中国が勝てば、自由の拡大という点でヘーゲルの予想は外れる。さらに厄介なのは、国際的に中国が国家の模範像となることだ。19世紀にはナポレオンがヨーロッパ各地を侵略することで、国民皆兵制と見返りとしての選挙権拡大をセットにしたフランス式民主主義の強さが証明され、各国はそれに追随した。20世紀には豊かなアメリカを日本など各国が見習った。
21世紀の経済を見ると、独裁国家のほうが経済発展するのではないかとの不安もよぎる。全てが監視システムとデータで管理された社会のほうがコンピューターや宇宙開発競争で勝利するとなると、ヘーゲル歴史観は破綻する。ただ、アメリカから太平洋を越えて中国に覇権が移行するのは、「東から西へ」というヘーゲルの法則にかなっているかもしれない。