じじぃの「科学・芸術_785_アメリカ500年史・レーガンの時代」

REAGAN STAR WARS

ファンタジーランド(下) 狂気と幻想のアメリカ500年史』

カート・アンダーセン/著、山田美明、山田文/訳 東洋経済新報社 2019年発行

レーガンの政権とデジタル時代――ウェブの世界に広がる「ファンタジーランド」 より

ワシントンやニューヨークのおせっかいなリベラル派に打ち倒された「黄金時代」へのノスタルジーに耽るのは、かっては南部の白人の習慣だった。それが次第に白人アメリカ人全体の習慣になったため、共和党は南部戦略を全国化した。実際、ロナルド・レーガンは、大統領選に立候補した1976年、「ウェルフェア・クイーン」(訳注:政府の社会福祉制度を悪用して生活保護費や給付金をだまし取る女性を指す)という言葉を普及させた。たった1つの犯罪事件を基に、副詞を悪用した詐欺が蔓延していると主張し、政府の給付金を主に受け取っているのは黒人だというフィクションを広めたのだ。当時はアメリカがベトナム戦争で敗北を喫したばかりであり、南部以外の国民も「失われた大義」の苦しみを強烈に味わっていた。
レーガンは1980年、減税により経済を活性化して税収を増やすという大々的な財政計画を掲げ、もう一度大統領選に立候補した。これは周知のとおり、共和党の指名候補を争っていたジョージ・H・W・ブッシュから「ブードゥー経済学」と揶揄された。つまりばかげた希望に満ちた魔術的思考だというのである。ただし、ブッシュはその数ヵ月後にレーガンから副大統領候補に指名され、先の「ブードゥー」発言を撤回している。しかし、大統領になったレーガンは、「ブードゥー」的な経済政策にはさほど固執しなかった。
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ところで、ロナルド・レーガンといえば、快活で華があり、颯爽と的確な判断を下す魅力的な人物というイメージが思い浮かぶ。大統領による政治や統治がそんな娯楽性を帯びるようになったのは、1世代まえの1960年代に大統領を務めたジョン・F・ケネディからである。ケネディは映画スターやフィクションの中の人物のように若く溌剌としており、機知や性的魅力に富んでいた。
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ケネディ以後は、大統領のパフォーマンスがよりあからさまになった。1980年代は、アメリカが完全な「ファンタジーランド」へ向けて加速を続けていたころだけに、アメリカ国民は、かつてないほどロナルド・レーガンを受け入れる下地ができていたといえる。レーガン政権下でホワイトハウスの首席報道官を務めたパット・ブギャナンは言う。「ロナルド・レーガンにとっては、伝説や神話の世界こそが現実だ。彼はそこを定期的に訪れ、楽しい時間を過ごす」。ブギャナンはこれをほめ言葉として語っている。
レーガンの生涯は、ばかばかしいほど出来がよく、あまりに皮肉がききすぎたフィクションのようだ。世界恐慌の時期に大学を卒業すると、新たに発展しつつあった幻想・産業複合体の世界に足を踏み入れた。当初は、デモインのあるラジオ局のアナウンサーとなり、電信でリアムタイムに送られてくる経過速報だけを基に、シカゴ・カブスの試合を即興で実況放送していた。その後ハリウッドに移り、初めて手にした映画の役も、ラジオのアナウンスだった。第二次世界大戦中には陸軍将校として第一映画部隊に所属し、バーバンクやカルバーシティに駐屯して『ロナルド・レーガンの陸軍中尉』という映画の政策に携わった。その中で彼は、あるミュージカル作品を上演する将校の役を演じている。
こうして映画の中の架空の人物を演じる仕事をある程度こなすと、今度は現実世界やテレビニュースの中で政治家を演じるスーパースターとなった。
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夢想家としてのレーガンには気取った一面があった。とりわけ、現実生活に映画的な要素を持ち込む例が多々ある。たとえば、ペンタゴンの予算の大半は「衣装」に使われているといったコメントなどだ。また、アメリカ人の気概を伝えるこんな物語をよく語った。第二次世界大戦中、爆撃機B-17が墜落を余儀なくされたが、射撃手は恐怖のあまりうまく脱出できない。すると上官が彼を安心させるように言う。「心配するな。私も一緒だ」。このような会話は確かにあった。だがそれは、『ウング・アンド・ア・プレイヤ(かすかな望み) 』という映画の中での話だ。その中で、ある俳優が別の俳優に「落ち着け。私も一緒だ」と言うのである。そのほか、大統領になってから数回(一度はイスラエルの首相を相手に)、大戦末期に強制収容所の撮影のためヨーロッパに派遣されたと述べているが、これも事実ではない。
レーガンはさらに、議会に増税を可決しないよう警告する際、映画『ダーティハリー4』のクリント・イーストウッドのセリフ「さあ、オレを喜ばせてくれよ」をそのまま引用した。その数ヵ月後には、過激派組織ヒズボラアメリカの飛行機がハイジャックされ、その乗客が人質となる事件が発生したが、そのときも、アメリカとレバノンが人質解放交渉を終えた後にこう述べたという。「昨晩、ランボー(映画『ランボー――怒りの脱出』)を観たよ。そのおかげで、また同じことが起きたときにどう対処すればいいかがわかった」。ハリウッド究極の大ヒット作『スター・ウォーズ』は大のお気に入りで、前例がないという点でも古風だという点でも自分と似ているせいか、好んで引用した。たとえば、同シリーズの第1作目の冒頭に表示される説明では、悪者が「悪の銀河帝国」と表現されている。それになぞらえ、シリーズ第3作目『ジダイの帰還』が公開される直前、あるスピーチでソ連のことを「悪の帝国」と呼んだ。ソ連の核ミサイルを迎撃するテクノロジーの開発を宣言した際には、このあまり現実味のない計画を野党から「スター・ウォーズ計画」と揶揄されたが、「フォースは私たちとともにある」と言い返している。