じじぃの「神話伝説_184_エンリル神(シュメール・アッカド)」

The Anunnaki god - Enlil - Sumerian mythology

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=pqo4e9gvODo

エンリル神

二ンリル女神

古代オリエントの神々-文明の興亡と宗教の起源』

小林登志子/著 中公新書 2019年発行

エンリル神 ー シュメル・アッカド最高神 より

シュメル・アッカドつまりバビロニア最高神として名前があげられるのは、アン(アッカドのアヌ)神、エンリル神およびマルドゥク神であり、一方アッシリア最高神はアッシュル神になる。
アンを意味する表語文字は、シュメル語で「天」「神」を意味し、神を表す際に必ずつける限定詞ディンギルがつかない唯一の神がアンである。しかもシュメルのアンはアッカドのアヌのこととはじまる『アン・アヌム神名目録』のように、神名表は普通アンではじまる。こうしたことからも、古くは天空神アンが最高神であったと考えられている。
アンが祀られていたウルク市の繁栄についてはすでに第2章で書いた。活発な交易活動の担い手は神殿であって、ウルクではシュメル・パンテオンの重要な2柱の神々、アンは白神殿のある「アヌのジグラト」地域に、イナンナ女神はエアンナ聖域に祀られていた。「エアンナ」とは「アン神の家」あるいは「天の家」の意味である。
古くはウルクの都市神はアンであったが、デウス・オティオースス(「暇な神」)となり、代わってアンの娘、妻あるいは「聖娼」といわれるイナンナが都市神になったとも考えられている。ただし、その時期や理由はわからない。
アン/アヌは神々の父に位置づけられているが、主人公として活躍するような神話は現時点ではないものの、ほぼ全時代にわたって、メソポタミアの神々の中で最も権威ある神であった。具体的な神の姿は表現されていないが、カッシート王朝時代のクドゥルでは、エンリルとともに角のある冠で表された。
神話で、神々の会議となると、アンが指導者であって、「運命を決定する7柱の神々」が発言した。会議の終わりに「採決。神々の会議の約束。アン神とエンリル神の命令」と決議され、エンリルが執行した。
エンリル神こそが前3000年紀のシュメル・アッカド最高神で、前2000年紀末にマルドゥク神に完全に交代するまで、その地位にあった。
エンリル神については、その原初の姿はわからないものの、ニップル市の都市神で、歴史時代にはシュメル・アッカドで「神々の王」と認識されていたが、エンリルが「神々の王」になった経緯を一等史料から説明することはむずかしい。
だが、神話では、次のようなアン神からエンリルへの政権交代が説明されている。
シュメルのいくつかの文学作品から、以下のような「天地創造」の過程が推測される。
最初に存在したのは「原初の海」ナンム(ナンマともいう)女神で、ナンムを表す楔形文字表語文字で「海」を意味し、女神は「海」そのものであった。この「原初の海」が天と地を1つに結合している宇宙的山を生んだ。
神々は人間と同じ姿をしていて、「天」アンは男神、「地」キは女神であった。アンとキの結婚が大気の神エンリルを生み、エンリルは次に天を地から分離した。天を運び去ったのは父アンであったが、エンリル自身が、母であるキ、すなわち地を運び去った。そしてエンリルが母なる地と結合したことが、宇宙の生成、人間創造、および文明樹立のための舞台を用意することになったという。
エンリルは大気、風を司るが、キも支配する。キは「地」である。シュメルの神々の中にはその名前が「地の主人」をいみするエンキ神がいるが、エンキが掌握するのは「地」ではなく、地の下にあるアブズ「深淵」であった。
20世紀を代表する、ルーマニア出身の宗教学者ミルチャ・エリアーデ(1907-86年)は神々の世界での政権交代を、天界の至上神は未開発社会に認められるが、進歩した社会では忘れられ、農業の発達が神の階級組織に根本的変化をもたらし、母なる女神とその対偶神が浮上してくると説明している。この説明はキの対偶神エンリルの地位の浮上ということで、納得できる説明になる。
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二ンリル女神がエンリル神の暴力にさらされるのはそれなりの理由がある。エンリルは大気を司り、「荒れ狂う嵐」「野性の牡牛」と呼ばれ、嵐や力を象徴する神である。
物語の中で、二ンリルは大麦を司る女神の娘であることから、二ンリル自身も穀物にかかわる女神と考えられ、レイプは風が穀物を散らす様子を象徴しているようだ。
このような神話が成立した背景には、エンリルを祀ったエクル神殿からニップル市外の二ンリルのトゥンマル聖所へと、年ごとに豊饒を促すためにエンリルと二ンリルが船で詣でる祭儀があり、その際に、神話に書かれているような、聖なる場所で交合するような祭儀があったかもしれないという。