アルツハイマー病の発症リスク 血液検査で確認(18/02/01)
NHKスペシャル 平成史スクープドキュメント第5回 “ノーベル賞会社員”~科学技術立国の苦闘~
2019年2月17日 NHK
【インタビュアー】国谷裕子
シリーズ「平成史スクープドキュメント」第5回は、2002年にノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏への独占取材から、科学技術立国ニッポンの苦闘を描く。
民間企業の一エンジニアのノーベル賞受賞に社会は沸き、田中氏は一躍、時代の寵児となった。しかし、ノーベル賞につながった発見は「単なる偶然なのではないか」という周囲の声に葛藤を続けてきた田中氏は、受賞以降、メディアの取材を遠ざけてきた。
その田中氏が再び表舞台に登場したのは2018年2月。アルツハイマー病を発症すると脳に溜まるタンパク質を検出することに成功。「一滴の血液から発症20年前に早期発見できる」と科学誌・ネイチャーに掲載され、世界的な注目を集めたのだ。この成果が生み出されるまでには、田中氏の10年以上にわたる知られざる苦悩があった。
「論文数の減少」「研究投資の停滞」「補助金の削減」など科学技術立国の凋落が指摘される中、日本は次の時代、どのように再生していくべきなのか、“ノーベル賞会社員”の歩みから見つめていく。
なぜ血液で脳の病変を検出できるのか?
脳から血液に漏れ出てくるわずかなアミロイドβを、免疫沈降法と質量分析法を組み合わせて検出する。このような方法を開発したのは、質量分析法の専門家である島津製作所・田中耕一グループだ。
若手研究者の一人である金子直樹は、アルツハイマー病に関するアミロイドβというタンパク質の研究を田中から命じられた。
血液中に含まれるタンパク質は1万種以上におよび、そのなかにごくわずかしかないアミロイドβを取り出すのは不可能ともいわれた。金子はそれ可能とするため、50種類ほどの化学物質を幾通りにも組み合わせて特殊な溶液をつくり、アミロイドβとの相性を試していく。その組み合わせは数万通りにものぼるという。気の遠くなりそうな作業の末、ついにアミロイドβの抽出に成功する。だが、このとき、アミロイドβとは別に未知のタンパク質(APP)も抽出されていた。
健常者の場合、血液中のアミロイドβは未知のタンパク質より多く含まれる。これに対し、脳に異変のある人の血液では、アミロイドβが未知のタンパク質より少なくなっていた。つまり血液中の未知のタンパク質がアミロイドβより多くなったとき、アルツハイマー病が発症するリスクが高くなることが判明したのだ。この発見により、症状が現れる30年前にその兆候を診断できる可能性さえ出てきた。
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20190217
田中耕一氏に聞く、アルツハイマー病変早期検出の意義
2018/03/28 日経デジタルヘルス
わずか0.5mLの血液からアルツハイマー病変を超早期に検出する――。そんな技術を島津製作所と国立長寿医療研究センターが確立した。その成果は、2018年2月1日(日本時間)に英科学誌Natureオンライン版に掲載された。
今回の手法で血液から検出するのは、アミロイドβというタンパク質である。質量分析技術を応用することで、脳内に蓄積しているアミロイドβの量を推定することができるという。
https://tech.nikkeibp.co.jp/dm/atcl/feature/15/050200094/032600015/?ST=health
認知症1000万人時代! 世界が瞠目するアルツハイマー病「早期発見技術」 国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター研究所長 柳澤勝彦 より
――治療薬には限界があるわけですね。アルツハイマー病の根本的な治療薬や予防薬の開発には、脳病変を早期に検出することが重要になると思いますが、早期検出法の現状はどうなっているのでしょうか。
柳澤
これまでアルツハイマー病変の早期検出には、PET(陽電子放射断層撮影)と脳脊髄液検査がありました。PETは脳の画像検査で、脳にアミロイドがどれくらい蓄積しているかを調べます。
ここでアミロイドについて少し説明しましょう。体内に生理的に存在する蛋白が重合して大きな塊をつくった状態をアミロイドと言います。アミロイドの素になる蛋白は誰でも体中に持っているものです。また、アルツハイマー病以外にもアミロイドが蓄積する疾患は数多く知られています。アルツハイマー病のアミロイドを構成する蛋白はアミロイドベータ蛋白(Aβ)と呼ばれ、これらが脳内に蓄積することで発症すると考えられています。
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――2018年2月、国立長寿医療研究センターと島津製作所のグループは、英科学誌『ネイチャー』に画期的な論文を発表。ある血液バイオマーカーを用いて、僅か0.5mLの血液があれば、アルツハイマー病変を超早期に検出できる方法を発見したと伺っています。この研究成果について教えてください。
柳澤
実は血液でのアルツハイマー病検査の方法開発は20年ほど前から研究されてきました。しかし、その開発は容易ではありませんでした。まず最大の難関は、脳そのものと血管の間に存在する血液脳関門と呼ばれるバリアです。血液脳関門により脳の情報を血液から得ることが非常に難しくなっているのです。具体的には、脳の蛋白のわずか1%以下しか血液には漏れ出てきません。
また仮に、アルツハイマー病の情報を色濃く反映するAβやその関連蛋白が血液中に漏れ出て、それを捉えることができたとしても、それは血液の中で不要なものとして一部は分解されてしまったあとになります。この血液中での蛋白分解の速度は、感染症や炎症性疾患の有無といった個人に特有の要因によって変動すると考えられます。こういうことが複雑に絡み合って、アルツハイマー病の血液バイオマーカーの開発を困難にしていたとみています。
私たちは今回、ノーベル化学賞を受賞された田中耕一氏をはじめとする島津製作所の研究者の方々と共同し、質量分析という手法による血液検査の方法を開発しました。
2013年、島津製作所の田中氏から、アルツハイマー病の血液診断法の共同開発について、お申し出を頂きました。田中氏らは、すでに質量分析の技術で血液からアミロイドに関連する蛋白を検出したデータを持っておられ、これを何とかアルツハイマー病の診断に活用したいとのことでした。島津製作所がある京都と、ここ愛知の長寿医療研究センターをお互い行き来し、共同開発の方法について議論を重ねてきました。
簡単に言うと、島津製作所の質量分析技術によって、アミロイドに関連する蛋白の「大きさ」が正確に決定され、どの種類の蛋白がどれだけあるか、ということが1回のしかも少量の血液検査で全て明らかにできました。そこが、質量分析法の画期的な点です。