じじぃの「人の生きざま_784_潘・建偉(中国の物理学者)」

中国通信量子衛星震撼世界

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=lUi2NNFya-4

潘建偉

潘建偉研究チーム 18個の量子ビット量子もつれを実現

2018/07/03 CRDS
中国科学技術大学が発表した情報によると、同校の潘建偉教授とその同僚の陸朝陽氏、劉乃楽氏、汪喜林氏らは6つの光子の偏光、パス(光の進む経路)、軌道角運動量の3種類の自由度を同時に利用することで、世界初となる18個の光量子ビット量子もつれの実験実証に成功し、量子もつれ数の世界記録を更新した。この成果は「Physical Review Letters」に掲載されたと、人民日報が伝えた。
http://crds.jst.go.jp/dw/20180727/2018072716578/

『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』

遠藤誉/著 PHP出版 2018年発行

世界初の量子通信衛星打ち上げに成功 より

世界で初めて打ち上げに成功したこの量子通信衛星の名前は、紀元前5世紀頃の中国の科学者であった墨子(Mo-zi)にちなみ「墨子号(Micius)」と命名された。日本では墨家は中国戦国時代の思想家として知られているが、中国では「中国最古の科学者の一人」と位置付けることが多い。墨子は物理の内の光学(オプチィックス)に関して興味を持ち、光の直進性や反射、あるいはピンホール(小さな穴)によって実像を結ぶことなどを研究している。
墨子号」は、長距離向けの量子通信技術の利用可能性を検証する実験に活用する目的で打ち上げられた。中国西部にある新疆ウイグル自治区ウルムチと北京の間で、安全に情報をやりとりするために利用されている。
もう1つの難解な専門用語「量子テレポーテーション」は、この「量子もつれ」を利用して、2つの光子の間で、量子状態に関する情報を瞬時に転送する技術のことである。
量子通信衛生を打ち上げるなどということが可能な背景には、必ず巨額の経費の保障が必要なので、アメリカでは「独裁国家中国」だからこそ、すべてをかなぐり捨てて巨額のカネをつぎ込んだ結果だと、腹立たしげに分析する傾向にあるが、必ずしもそうではない。
これまで本書で一貫して追跡してきた「人材の獲得」にこそ、その成功の鍵がある。

墨子号」チームのリーダーとなっていた人物は、中国科学院の院士の一人である潘建偉(はんけんい、Jian-Wei Pan、パン・ジエンウェイ)だ。

潘建偉は、1970年に浙江省に生まれた物理学者で(今年わずかに48歳!)、2005年に、中国にある8大民主党派の1つである「九三学社」に入党したという、珍しい存在である。中国共産党員ではない。現在は中国科学技術大学(中国科学院管轄。安微省)の常務副学長や中国科学院量子信息(情報)・量子科学技術創新研究院院長などを務める。
中国科学院の院士でもあると同時にオーストラリア科学院の外国籍院士でもある。2017年12月19日に「十大科学人物」に選ばれ、「量子の父」という称号をもらった。同日の人民網は、その年1年で科学に重要な影響を与えた「今年の10人」をネイチャー誌が選出し、中国からは潘建偉が選ばれたと伝えている。
潘建偉は国家「千人計画」の特別招聘専門家の一人で、20年ほど前(1996年20歳で)、オーストリアに留学したときに、オーストリア科学アカデミー院長で宇宙航空科学において最高権威を持つツァイリンガー教授に会っている。初対面に、1996年の10月。そのときツァイリンガー教授に、「あなたの夢は何ですか?」と聞かれたそうだ。すると若気の至りもあって、つい「中国で世界一の量子物理実験室を持つことです」と答えたとのこと。
潘建偉は当時を思い出し、「生まれたばかりの子牛は虎を恐れない」ということわざを用いて、「経験の乏しい若者はこわさを知らないがゆえに無鉄砲なまねをするものだ」と照れながらも、結局その夢を捨てきれずに、帰国後の2001年に中国科学技術大学で量子物理学・量子情報実験室を持つことが叶い、こんにちまで走り続けてきたと、墨子号発射のインタビューで語っている。