じじぃの「科学・芸術_666_イスラーム美術・白地藍彩陶器」

Islamic art... 動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=pUm5k56zBHs
イスラーム美術 コバルト・ブルー彩皿

トルコ陶器 コトバンク より
トルコのイズニク,クタヒア,チャナッカーレ地方で,15世紀末頃より 19世紀頃まで作られていた色釉陶器。特にイズニクでは,胎に白色の化粧土をかけ,釉下藍彩を施した美しい花文や,青,緑,紫,茶,黒などの多彩な顔料で,トルコ自生のチューリップやヒヤシンス,ひなげしなどを文様化して,白地の器面いっぱいに絵付けをし,その上から透明釉をかけて鮮かな発色をみせている。 16世紀末頃には帆船や動物文,幾何学文も多く使われるようになったが,17世紀に入って衰えた。一方,クタヒアでは 17世紀頃より作られはじめ,日常食器や飾り皿が多く焼かれた。キリスト教のモチーフを表現したものや,ヨーロッパ磁器の影響をみせた絵付け,あるいはイズニク陶器を模したものが作られた。技法は,胎に白化粧がけして多色の絵付けを施すイズニクの方法と類似していた。チャナッカーレでは民芸陶器が焼かれていたが,いずれも 19世紀に入って衰退。トルコ陶器の鮮かな花文の表現はヨーロッパ人に歓迎され,19世紀末のヨーロッパ陶芸に大きな影響を与えた。

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イスラーム美術 (岩波 世界の美術)』 ジョナサン・ブルーム、シーラ・ブレア/著、桝屋友子/訳 岩波書店 2001年発行
色彩と動物・人物 より
陶器、金属器、ガラス器、の芸術は、中期において、とくにエジプト、シリア、イランで頂点を迎え、しかももっとも独創的であり、これらの作品は鮮やかな色彩の動物・人物像で飾られた。陶器においては、おそらく中国陶器を摸倣しようとしたためか、初期に使われていた粘土製胎土が人工的なペースト胎土に代えられ、これらの贅沢な陶器はラスター彩やエナメル彩による上絵付(うわえつけ)から下絵付にいたるまでひじょうに幅の広い技法で装飾された。金属器においては異なった金属を象嵌(ぞうがん)することのよって色彩がもたらされ、ガラス器においては豪華な器が金や多色エメラルで装飾された。写本挿絵が絵画表現の重要な媒体となる以前には、こうした装飾美術、とくに象牙彫刻などがイスラーム美術における主要な表現媒体であり、イスラーム地域における絵画美術が初期にどのような発展を遂げていたかの証拠になる。
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マムルークイスラーム各王朝に仕えたトルコ人などの奴隷兵士)のために製造された優れた金属器、ガラス器とは対照的に、陶器の質は低かった。おそらく質の高い中国陶器が容易に海路で入手できたからだろう。しかしながら、マムルーク朝(1250年にマムルーク出身者がエジプトで建てたイスラーム教国)の陶工たちは、イランで開発されたあたらしい陶器技法、とくに新しい人工胎土と新しい下絵付技法を取り入れていた。エメナル彩であれ、ラスター彩であれ、贅沢な上絵付陶器が12世紀、13世紀イランの陶器産業のもっとも優れた製品であったのに対し、イスラーム地域、そして中国、ヨーロッパにおいても、その後の陶器史上もっとも意味のある発明は、下絵付であった。着彩のために理想的な表面を提供する白くて細かい人工胎土と、焼成の際に顔料の混ざり合いを引き起こさないアルカリ釉のおかげで、陶工は胎土に直接着彩することができ、着彩後それを透明な釉薬の層で被った。この技法は2度焼きを必要とするラスター彩やエナメル彩の技法よりもはるかに安価であっただけではない。低温焼成される上絵付の絵画は陶器の表面で簡単に摩滅してしまうのに対し、下絵付装飾は耐久性に富んでいた。
図案はターコイズ釉または無色釉の下に黒かコバルト・ブルーで描かれることが多かった。コバルトはイランのカーシャーン近くで採掘され、そこで精製されてから下絵付用の顔料を作るために他の原料と混合された。パクス・モンゴリカによってイランと中国の交易が容易になった14世紀には、精製されたコバルトが中国にまで輸出された。14世紀第2四半期より、中国の陶工はコバルト・ブルーによる下絵付を加えることによってそれまでの伝統的な白磁を変化させた。これらの青花染付はすぐに大量にアジア全域、イスラーム地域、さらにはヨーロッパにまで輸出された。たとえば、中国の染付はひじょうな人気を得たので、14世紀末までにシリア、エジプト、イランで、15世紀までには新興のオスマン朝帝国内で模造品が製造されるようになった。
こうしたイスラーム白地藍彩陶器のなかでもっとも優れていたのは、1480年頃に年代設定される白地藍彩の大きな深皿(図.画像参照)に代表されるグループであろう。14、15世紀のイスラーム陶器には13世紀のカーシャーン陶器に質で比肩できるものはほとんどないが、これらの白地藍彩陶器はひじょうに高い技術性を持ち、多くがかなり大型で、直径40㎝以上もある。