じじぃの「科学・芸術_660_アストロサイト・グリア伝達物質ATP」

細胞の「なか」はどうなっているの?〜小胞体やミトコンドリアを観察して働きを学ぶ〜 動画 Youtube
https://www.youtube.com/watch?v=g3PGPrfa9WE
Synaptic activity and energy homeostasis.

Synaptic Activity and Bioenergy Homeostasis: Implications in Brain Trauma and Neurodegenerative Diseases Frontiers
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fneur.2013.00199/full
『もうひとつの脳 ニューロンを支配する陰の主役「グリア細胞」』 R・ダグラス・フィールズ/著、小松佳代子/訳 ブルーバックス 2018年発行
ニューロンを超えた記憶と脳の力 より
2002年には、アストロサイトが学習や記憶に関与していることを示唆する別の証拠も現れた。日本の川合述史らが、GFAPをコードするアストロサイトの遺伝子を欠損させた遺伝子改変マウスで、脳卒中後に、海馬の長期増強が損なわれることを報告したのだ。この変異は、アストロサイトの線維性タンパク質だけに影響を与え、ニューロンには影響がなかった。それにもかかわらず、記憶が障害された。同年に、日本の西山洋らは、別のグリア遺伝子(S100と呼ばれる)をノックアウトしたマウスで、長期増強が促進されていることを見出した。しかも、そのマウスはより賢くなっていたのだ! 遺伝子工学の手法でグリアのS100遺伝子を除去したマウスは、正常なマウスよりも早く迷路走行を学習した。これらの発見は、まったく別個に実施された実験の成果であるが、脳機能、より具体的には記憶を、ニューロンだけに貴族する排他的領域と捉える先入観を覆す一連の証拠となっている。
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ニューロンが通信回線で接続された固定電話だとすると、アストロサイトは信号を広く送信する携帯電話だ。アストロサイトはさらに、ニューロンを興奮させる神経伝達物質と抑制する神経伝達物質のどちらも放出できる。それらの神経伝達物質を使って、アストロサイトは仲間どうし、あるいはニューロンと相互に連絡している。
さまざまなニューロンが使用している神経伝達物質には多くの種類があるが、 アストロサイトはより普遍的な分子をコミュニケーションに活用している。それはアデノシン三リン酸(ATP)だ。 これは、運動選手や生物学を専攻する学生なら誰もが、すべての細胞のエネルギー源であると知っている分子だが、ATPは細胞外にはほとんど存在しない。その希少性ゆえに、ATPは細胞間でシグナルを送り合うにはうってつけの分子で、闇夜を照らす懐中電灯のようなものである。また、ATPを持たない細胞がないという事実は、この分子を普遍的なメッセンジャーにしている。ニューロンとグリアがATPをシナプス小胞から放出すると、この放出が近傍にある細胞の膜受容体によって感知される。続いて、このATP受容体が細胞内へ大量のカルシウム流入を引き起こし、その結果、アストロサイトはシナプス小胞からますます多くの神経伝達物質やATPを周囲へ送り出し、このシグナルが連鎖反応のようにアストロサイトの集団全体に拡がっていく。ATPとグルタミン酸は、培養皿のアストロサイト全体に拡がる、あるいは脳内のアストロサイトを駆け抜けるカルシウムがウェーブを引き起こす主要なシグナルリング分子である。ところが、アストロサイトによるコミュニケーションの研究が進むにつれて、アストロサイト間のカルシウムシグナルリングに使用されている物質は、ATPとグルタミン酸に限られないことが判明してきている。
未来へ向けて より
グリアが所有するコミュニケーションチャネルの多さに、私たちは目のくらむ思いがする。アストロサイトは、ニューロンのすべての活動を傍受する能力を備えている。そこには、イオン流動から、ニューロンの使用するあらゆる神経伝達物質、さらには神経修飾物質、ペプチド、ホルモンまで、神経系の機能を調節するさまざまな物質が網羅されている。グリア間の交信には、神経伝達物質だけでなく、ギャップ結合やグリア伝達物質、そして特筆すべきATPなど、いくつもの通信回線が使われている。ニューロンは好みがうるさいが、グリアはとりわけ選別しない。つまり、ニューロンは、ニューロンどうしで適切な青手としかシナプスを形成しないが、グリアは仲間どうしでも、またニューロンとも交信する。アストロサイトは神経活動を感知して、ほかのアストロサイトと交信する。その一方で、オリゴデンドロサイトやミクログリア、さらには血管細胞や免疫細胞とも交信している。