じじぃの「科学・芸術_657_癌(がん)の転移」

Natural killer cell(White blood cells) killing cancer cells 動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=Va1jaBGwoT8
     癌 (med.shimane-u.ac.jp HPより)


サイエンスZERO 「生命維持の要 エクソソーム」 2018年7月22日 NHK Eテレ
【司会】小島瑠璃子、森田洋平 【ゲスト】落谷孝広(国立がん研究センター研究所主任分野長)
医療に大変革を起こすであろう「エクソソーム」研究の最前線。「エクソソーム」とは各臓器の細胞がお互いにやりとりするためのメッセージカプセル。
人の生命活動は、脳の指令のよるという常識が覆り、今では、各々の臓器の細胞がお互いにメッセージ物質を出してやりとりし、生命を維持しているということがわかってきている。
注目を集めているのが、細胞が放出する「エクソソーム」と呼ばれるメッセージカプセル。中には「マイクロRNAと呼ばれる遺伝子の情報が入っていて、体内を駆け巡る。医療に大変革を起こすであろう「エクソソーム」研究の最前線に迫る。
免疫が低下しているマウスに転移するがんを移植し、このマウスについてエクソソームを投与するグループしないグループに分けたところ、3週間後エクソソームを投与したグループは転移が抑えられた。
がんは、実はエクソソームの働きを悪用して転移をしていた。
例えばがん細胞が偽のエクソソームを放出し、「もっと栄養が欲しい」とメッセージを出す。
すると毛細血管が伸びてきて、がん細胞が酸素や栄養を取り込めるようになる。
あるいは、免疫細胞に「攻撃をやめて」というメッセージを出すと食べられないようにするなど。
そこで、落合さんのグループはこのがんの悪巧みを逆手に取ることを考えた。
具体的には、がんの放出するエクソソームに特定の抗体を貼り付け、免疫細胞に見つけられるようにする。
この抗体を付けたマウスは、付けていないマウスに比べがんの転移が9割も抑えられた。
http://www4.nhk.or.jp/zero/
『カラー図解 免疫学の基本がわかる事典』 鈴木隆二/著 西東社 2015年発行
がん治療への期待 より
モカイン(インターロイキン-8など特定の白血球に作用し、その物質の濃度勾配の方向に白血球を遊走させる活性を持つサイトカインを総称していう)は、悪性腫瘍細胞の生存や組織漫潤、増殖、さらに腫瘍細胞の転移にも関与していることがわかってきました。
多くのがんでケモ力インレセプターの発現がみられ、一方で転移の多い臓器ではケモカインの産生がみられました。転移したがんでは腫瘍細胞の増殖のための血管新生などにケモカインが関わっています。腫瘍細胞自身が発現するケモ力インレセプターや腫瘍周辺組織の産生するケモ力インが、がん治療のための標的として期待されています。すでにケモ力インレセプターを標的とするがん治療薬の開発が進行中です。

                      • -

『人類の進化が病を生んだ』 ジェレミー テイラー/著、小谷野昭子/訳 河出書房 2018年発行
より
癌細胞は間違いなく「怪物」だ。癌細胞の核が膨脹して異様な形をしていることは顕微鏡で覗けば一目瞭然だし、細心の各種分子生物学技法は癌細胞ゲノムの異常さをつぎつぎと明らかにしている。だが、圧倒的多数が生き残れない中で生き残ることのできた癌細胞は、まさに「有望な怪物」なのだ。メル・グリーヴス(イギリスの癌研究協会にある進化&癌センター)やカルロ・マーレー(アメリカ・サンフランシスコで癌の進化を研究している学者)の指摘によれば、癌細胞が2倍になるのにかかる時間は1日か2日だが、腫瘍が2倍になるには60日から200日かかる。これは、癌細胞の大部分が細胞分裂する前に死んでいることを意味する。だがまれに、壊滅的な事象の最中にたまたま生存優位性を手にした細胞が生き残る。グリーヴスはこう語る。「癌細胞は過酷な環境ストレスに追いつめられると、そこから逃れるため、あるいは適応するために、ゲーム盤ごと揺さぶってすべての駒を不安定にすることを選びます。これはゴールドシュミット(進化学者)の<有望な怪物>の考え方と同じです。とにかく全部を引っかき回して、99.9%は死んでも0.1%生き残ればいい、という作戦なのです」。その生き残った細胞――異常な生存優位性を手に入れた細胞――が複製を重ねると、悪性の癌が生まれることになる。
ロンドンのセント・バーソロミュー病院バーツ癌研究所で目下研究中のトレイヴァー・グレアムは、まさにそうした過酷な環境で発生するある種の結腸直腸癌に取り組んでいる。過酷な環境とは大腸の炎症性腸疾患で、この場合の癌細胞への選択圧は粘膜に起こる損傷だ。
     ・
患者にとっては、腫瘍があってもそれが一ヵ所にとどまってさえいれば、そのまま生きていられる可能性は高い。原発腫瘍があなたを殺すことはまずない。問題は、たいていの腫瘍がいずれ他の臓器に拡大または転移することだ。これは癌が一発逆転を狙ってサイをふる終盤戦で、そこで癌が勝てば患者にとって命取りになる。腫瘍が同質な細胞だけでできていれば転移などしない。だがこれまでさんざん述べてきたように、腫瘍――とりわけサイズが大きくなった腫瘍――は異質な細胞の集合体だ。内部に多様なものを抱えた小さな生態系なのである。1つの腫瘍のかたまりでも、場所によって栄養や酸素の供給量や血管へのアクセスの良否は異なる。免疫系からの攻撃に脆弱かそうでないかも異なる。反応性酸素分子は常時、癌細胞を攻撃している。癌細胞クローンどうしもリソースの激しい取り合いをしている。腫瘍が悪性化すれなするほどその中にある細胞の成長と分裂の速度は高まり、正常細胞と比べて200倍ものブドウ糖が必要になるからだ。癌の中で糖の分解が進むと酸が蓄積し、それが悪性度のステージ後半に現れる侵襲性と転移の強力な促進因子となる。酸素は腫瘍の中心部にいけばいきほど枯渇し、その結果生まれる低酸素状態もまた悪性化の促進剤となる。
癌研究者のアテナ・アクティビスによれば、代謝と増殖速度が上がった癌細胞は貪欲で、これは自然界でいえば大発生した生物種が草を食べ尽くしてしまう状況に相当するという。癌の生態系理論からすると、癌細胞の貪欲さはアキレス腱となる。貪欲さに見合う食料が得られなければ弱まってしまうため、新たな緑地に移住しなければというプレッシャーを生む。とどまっていればいずれ飢え死にするだろう。だが、そそくさと出ていく転移性細胞はいわば腫瘍内での競争に負けた細胞であり、また新天地を開拓するにはそれ相当のリスクがある。結局、原発腫瘍から毎日出て行く何百万もの転移性細胞の大部分は、私たちにとってはありがたいことに移住に失敗するのだ。
     ・
では、なぜ癌は転移すると患者にとって命取りになるのだろうか。その答えを真に知る者はいないが、理屈でなら説明できる。マーレーの説明によれば、癌細胞は他の臓器に広がると、それまでとは違う環境に出合い、それまでとは違う選択圧を受ける。ほどなく、それぞれの転移性細胞はほかの転移性細胞や親細胞とは別の性質をもつ細胞に「進化」する。原発腫瘍の性質をもとに選定された薬は何であれ、進化した転移性細胞には効かなくなる。おまけに、転移性細胞は新しい組織に入植したとき手短なところに適切なところに適切な成長因子や生命維持因子を見つけられなければ、そこで休眠状態に入ってしまう。たいていの抗癌剤は増殖中の細胞を標的にしているため、休眠中の転移性細胞を殺すことはできない。
癌の臨床医はしばしば、患者が衰弱する点に注目する。これはカヘキシー(悪液質)と呼ばれる状態で、癌による死亡の20%に直接関係している。疲労と体組織(とくに筋肉)の衰弱を引き起こすカヘキシーは、何ならの要因が引き金になっていると思われるが、それが何であるか――癌そのもののせいか、転移部位における新たな劇症免疫反応のせいで傷つく組織のせいか――はまだ特定されていない。身体が衰弱しているとき感染症になると、免疫系が崩壊していわゆるサイトカインの嵐(炎症性化学物質によるシグナリング分子の増産が止まらなくなる現象)が起こり、生命維持に必要な臓器に不可逆的な損傷を与えることがある。