じじぃの「科学・芸術_574_古代中国の数学・焚書」

世界史<秦の焚書坑儒>2周目 動画 YouTube
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 算木(算ちゅう)

コラム 中国の数学の影響 江戸の数学
書物として残る中国の古い数学書として知られるのは『周髀算経』と『九章算術』の二書ですが、いずれも著者名も成立年も不明です。
名前の知られる最初の有名な中国の数学者は魏の劉徽で、『九章算術』への注釈で円周率を3.14 とするなど、大きな進展がありました。それは日本では邪馬台国の頃です。唐の時代に、これらの本は他の数学書と合わせて「算経十書」と呼ばれる官僚養成の教科書となりました。これらは当時、日本にも官僚制度としてもたらされたことが、平安時代に作成された『日本国見在書目録』に載っていることからもわかります。しかし、日本で数学研究が発達することはありませんでした。
http://www.ndl.go.jp/math/s1/c1.html
『数学のすべてがわかる本』 科学雑学研究倶楽部/編 学研プラス 2018年発行
古代中国の数学 より
中国の数学が一番影響を与えたのは、日本です。一、二、三……という漢数字やソロバンなど、現代の日本では中国の数学に起源をもつものがよく見られます。
中国の数学において、焚書とよばれる大きな事件が起こったのは、秦始皇帝が統治した秦の時代でした。
始皇帝は、秦の国以外の書物をすべて燃やすように命令し、それにより、殷や周、春秋戦国時代の数学の記録がかなり失われてしまったようです。
難を逃れた書物として『易経』がありますが、数学書というよりは、陰陽などの思想や、占いの意味合いが強かったようです。また、墨子の考えをまとめた『墨子』は、物理や化学の書として有名ですが、幾何学の概念も取り入れられ、中国の数学においてもっとも古い幾何学の書ともいわれています。
中国は、古くから算ちゅう(竹かんむりに寿)と呼ばれる計算器具が使われてきました。それは、木片や竹を使ったもので算木ともよばれています。算ちゅうを使うことで、方程式まで解くことができたといわれています。中国の数学は、この算ちゅうをベースに発展してきました。
細長い棒を並べることで数字を表現する算ちゅうは、棒を動かすことで計算することができます。
仕組みは単純で1〜5は棒を数のぶん並べるだけです。それぞれ、「縦式」と「横式」があります。「横式」は1〜3は漢数字と同じです。
10進法を採用しているので、9より大きい数字、たとえば10は左側に十の位を設けて表現します。100ハ十の位の左側です。「ゼロ」の表記はありませんので、算木を置かずに空位にしておきます。
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この算木は、ソロバンのように計算に使えるだけでなく、連立方程式を解くのにも利用されました。
中国で本格的な数学の書といわれるのは、『九章算術』です。誰が書いたかはわかっていません。紀元前1世紀から紀元後2世紀に、多くの人から修正や加筆を受けて完成したとされています。その内容は、9章で構成される数学の問題集です。
たとえば、「方田(ほうでん)」の章では、田畑の面積の計算問題があります。分数の計算や長方形や円の面積を求める方法が書かれています。